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寝ている君に。

「イツ花さん、綿入れってどこかにありませんでしたか?」

昼過ぎまで晴れていた空はすっかり鉛色に変わり、空気もどこか、しん……と張り詰めている。今夜は雪になりそうだ。

春生まれの氷雨も、夏生まれの藍晶も、これが一度目の冬だった。

先代たちが大江山を踏破したあとに生まれた彼らは、降り積もる雪に対して憎しみや怒りを抱くことは無かった。

とはいえ、降り積もった雪に大喜びして駆け回れるほど、幼くも無い。


鷹羽家に着たばかりの頃、巻物や指南書の読み方を教えてくれだとか、やれ組み手の相手になってくれだとか、
やたらと氷雨に纏わりついてきていた藍晶は、最近は少しだけ落ち着きをみせるようになってきていた。

もっとも、藍晶はつい先日――氷雨より拳ひとつ分ほど背が高くなった。今の彼に飛びつかれては、氷雨の体格ではとても支えきれないので、有難い傾向ではあるのだが。


「綿入れですか? えっとぉ、ちょーっと、お待ちくださいね」

ひとり分だけ渡された上掛けを見て、氷雨はもう一枚出してくれるようイツ花に頼んだ。

「氷雨様って、ずいぶんと寒がりなんですねェ? 明日は火鉢の炭を多めにしましょうか」

「違うよ。もう一枚は藍晶の分」

「だったら、イツ花があとで藍晶様のお部屋にお持ちしますけど」

「イツ花さんも色々お仕事があるでしょう。ひとり分もふたり分も重さは大して変わらないからね。俺が、藍晶の分も持っていくよ」

「氷雨様ってェ、そういう所がやっぱり藍晶様の兄君のようですねぇ」


二枚目の綿入れを渡しながら、イツ花はふふっと微笑んだ。

「直接の血のつながりが無くても、あの子は――藍晶は、手間のかかる弟だからね」

あまり甘やかすなと周囲には言われているが、それでもやっぱり小さい頃から見知っているだけに情が移る。


「お小さい頃のように、添い寝でもして差し上げればよろしいのでは?」

「いや、あの子は寝相が悪いから――」

どうせこれも蹴飛ばしちゃうんだろうけど、無いよりはあった方が良いから……と、苦笑する氷雨につられてイツ花も笑う。

「お風呂の用意もできてますから、お休みの前によーく体を温めてくださいね。湯冷めしないように、今日は薬湯を足してありますから」

「うん、ありがとう――じゃ、これを置いてから、湯浴みをしようかな」

イツ花と別れ、藍晶の部屋に綿入れを持っていくが、部屋に藍晶はいなかった。

相変わらず羽織を脱ぎっぱなしにしているので、衣架に掛ける。

指南書や巻物の類はきちんと綴じられており、文机のあたりは片付けられた印象を受けるが、着物を脱ぎっぱなしにする癖は未だに直らないらしい。


(ついでだし、布団をしいておこうかな)


最近は流石に、巻物を読んでいる途中で眠ってしまうような無作法はしなくなったが、秋口の頃まで藍晶は畳に寝そべったまま眠りこけてしまうことが良くあった。

今の藍晶の体格では、氷雨が寝床に運んでやるのは少し厳しい。

この冷え込みでは、布団を引かずに眠れば風邪を引いてしまうだろう。


本人が機嫌を損ねない程度に部屋を片付けて布団を敷いてから、氷雨は湯殿に向かった。

夕暮れの朱の光と湯気が立ち込める浴場は、イツ花が気を利かせてくれた薬湯の香りが効いてとても心地いい。

体を温め、ひと心地ついてから、氷雨は今は自分の私室を兼ねている――当主の間に布団を敷いて綿入れを重ねた。

そのまま、ごろんと寝転がる。

ぼんやりと、天井を見ながら……とりとめのないことを考えていた。





「うわっ!」

急に、体に何かが倒れこんでくる衝撃を感じて目を開けた。

――いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。

「……なに」

「なんとなく…」

聞き覚えのある声。

視界に入る、金にほど近い翡翠色。

(――藍晶か。しょうがないなぁ、もう。いつまで経っても、子供なんだから)

「入りなよ」






すやすやと、自分のものではない寝息がかかるのを感じて、氷雨は少し驚いて目を開けた。

寝息がかかる、という状況も充分驚きの対象なのだが――今、自分の背中に回された、腕の感触。

抱きつかれているというより、抱きしめられているといった方が正しい。起こさないように、そっと抜け出そうかと試みると、ほんの一瞬だけ腕の力が強くなった。

視界の端にちらちら揺れる、黒に近い緑の髪。


(――この髪の色は、藍晶か。でも、どうして俺の布団で寝てるのかな。……まあいいか、藍晶が起きてくれないと、俺も布団から出られないし)



「藍晶。――起きて」

「んー……って、氷雨?!」

「しーっ! 他の皆まで起きちゃうよ」

大声を上げかけた藍晶を制し、氷雨はあらためて藍晶に問うた。


「あのさ、なんで俺の布団で藍晶が寝てるのかな。――その前に、放してくれないかな。俺、そろそろ起きて支度をしないと」

「え、あ、ごごごめん!」

きつく抱きしめていたのは、どうやら無意識だったらしい。

藍晶は慌てて手を離す。

布団から起き出して、寝間着から着替えたあと、氷雨は藍晶に当主として軽い注意を与えることにした。


「寝ぼけて間違えたとかにしてもさ、気をつけないと駄目だよ? 今回はたまたま、俺だったから良いようなものの――速瀬姉さんとかだったら大問題だよ」

「――氷雨、やっぱり覚えてないんだな」

「え?」

困ったように苦笑する藍晶は、続けて衝撃の事実を口にした。


「昨夜、氷雨が『入りなよ』つったから一緒の布団に入ったんじゃん。――まあ多分、朝になったら忘れてるだろうなーとは思ってたけどサ」

「え……そんなこと、言った?」

「言った」

やはり思い出せないが、藍晶が嘘をついているとも思えない。


「ごめんね。――でも、小さい頃に戻ったみたい……でもないか。藍晶も最近すごく背が伸びたから、流石に二人で布団一枚じゃ狭いよね」

「……まあね」

ぷいとそっぽを向く藍晶を見て、おっとりと氷雨は微笑んだ。

(やっぱり、まだ子供なんだな)

鷹羽家の朝は、今日も平和である。

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