高羽家青嵐記 番外・始祖の娘 2

建っているのが不思議なくらい、ボロボロな建物だった。
イツ花に手を引かれ、玄関をくぐると、イツ花よりもほんの少し背の高い人影が振り返る。

「はじめまして、透様! 今日から、身の回りのお世話をさせて頂くイツ花です! よろしくお願いしまーす! とりあえず、風邪を引かないだけが取り柄の私ですから、何でもバーンとォ! お言いつけください。でもってェ、一日でも早く朱点童子を倒せるよう一緒に頑張りましょうネ!!」

「何が『はじめまして』や! ふざけとんのかお前ッ!」

イツ花の挨拶が終わるか終わらないかのうちに、そう告げると、運命の始祖――高羽透はわたしたちを睨みつけた。
何か、機嫌を損ねるようなことをしたのだろうか。
わたしは思わず、イツ花の袖を掴む。

ごめんなさい、 と何とか声を絞り出すと、彼の真紅の瞳がイツ花からわたしへと向けられた。

「違う。自分に言うてるわけやない!」

ぼんやりと記憶にあった、あの意志の強そうな――それなのに、どこか淋しそうな目。

「怒らないで、父様」
「お父ちゃん言うな!」

そんな風に、荒い口調で声をかけられたことが無いわたしは、どうしたらいいのかわからない。

「ごめんなさい」

口惜しくて、 思わず床へと視線を落とすと、ぽたぽたと水滴が落ちた。

「すまんかったの」

髪に触れる、暖かな掌の感触に驚いて顔をあげると、すぐ近くに透の顔があった。
彼は懐から、イツ花が身につけているのによく似た装身具を出して身につけると、わたしにむけて微笑んだ。

ふわりと、陽の光が射したような気がした。
笑うと、彼は印象が変わる。でも、どうして透は、こんな目をするのだろう。
表情は笑っているけれど、目だけは……そう、わたしが、傷を負ったときに母が時折見せたときのような――涙を流すときの目に、印象が似ていた。

「これでもう、怖いことないやろ? 泣いたら、別嬪さんが台無しやで」

そう言ってそっと頭を撫でる透の顔を見つめて、わたしはようやく彼の変化に気がついた。
真紅の瞳が、焦茶に染め替えられている。
何故、隠すのだろう。
そのままの方が、紅蓮の炎のようで、キラキラとしていて綺麗なのに。

「忍様も落ち着かれたことですし。いざ、出陣!! の前にィ、パパパパぐらいで構いませんから、色んな情報を お確かめくださいネ。じゃあ、荷解きしてきまーす!」

わたしが袖を離すと、さっとイツ花が走り出す。
透は何か、イツ花の背を見て 難しい顔をしていた。眉間にしわが寄っている。

「あの、当主様」

父と呼ぶなと言われたので、イツ花にならって呼びかけて みる。
すると彼は、今度は困ったように笑いながら、わたしの頭にぽん……と手を置いた。
さっきのは、わたしの気のせいなのだろうか。
もう、あんな……痛みを感じるような目では無かった。

「透でエエよ。ふたりしか居らんのに、そないな呼び方されたら堅ッ苦しゅーて適わんわ」
「はい」
「女の子の着替えを、俺がするわけにいかへんしの。イツ花ちゃん呼んでくるから、ちょっと待っといてや」

そう言うと、透は開けっ放しになっていた障子を閉めて部屋から出て行った。
透と入れ替わりに、入ってきたイツ花に手伝ってもらい、戦装束に着替えて玄関へむかうと、一足先に支度を終えた透がわたしたちを待っていた。

「当主様、ご出陣!」

イツ花の声を背に、出 発しかけた所で透が「あ」と足を止めた。

「悪い、イツ花ちゃん、これ預かっといて」
「え? 透様、眼鏡がなくて、お差支え無いの ですか?」

二人が身につけた装身具は眼鏡というものらしい。
イツ花の言い様から察するに、視界を矯正する目的で身につけるものなのだろう。
では、透は目が悪いのだろうか。

驚いた表情で透を見つめるイツ花から眼鏡をとり……透は、先程まで自分が見に付けてい た眼鏡をイツ花にかけさせてから、玄関先においてあった鏡を取った。
イツ花の瞳は、琥珀から墨に近い灰色に染め替えられている。
鏡を見たイツ花は、驚きの声を上げていた。

「度は入ってへんから、イツ花ちゃんには向かへんと思うけどな。目の色隠したければ貸したるわ」

そう言うと透は、ははっと笑って、イツ花の頭をぽんぽんとはたいた。

「透様は、眼鏡をお使いにならない方が、良いかと……」

自分の眼鏡にかけかえたイツ花の頬が、ほんのりと朱に染まっている。

「そうか? まあ、討伐の時は割れたらアカンから、言われんでも置いていくけどな」
「あの、透……ちゃん」

イツ花が言っているのは、眼鏡が割れるとか、そういう心配をしているのではないと思う。

笑 うと、透はやっぱり印象が変わる。
眼鏡で表情や瞳の色を隠すことなんてしないで、もっと笑ってくれればいいのに。
なんだか眩しくて、わた しは透から目を逸らしてしまう。
でもすこし気になって、ちらりと表情を窺うと、透は一瞬だけ……また、あの淋しそうな目をしていた。

「忍ちゃんは、怖かったら後ろに下がっとき」
「……うん」

戦うのは怖い。
だからわたしは、討伐のときは透の言葉に従うことに した。

 

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