高羽家青嵐記<幕間2>

「初代様、いる?」
「――呼んだか」

嵐の呼びかけに応え、何もなかった空間に、水浅葱の髪と琥珀の瞳を持つ女侍――水月初代が姿を現した。

「実はちょっとばかし、困ったことになっててさー。お知恵を拝借したくて、こうして来ちゃったってワケ」
「用件を言え」

言って、彼女は嵐が用意した卓につく。
もてなしのつもりなのだろう。卓の上には、湯気の立ち上る茶器が用意されていた。

女性の前で弱音を吐くのを是としない、嵐が相談を持ちかけてくるのだ。
余程、抜き差しなら無い状況にあるのだろうと察して、水月初代は動じず話を進めることにした。

「言いにくいんだけど……透ちゃんの失言が原因でさ。忍ちゃん、透ちゃんに惚れちゃったみたいなんだよねー」
「何故、そうなるのだ」

言って、水月初代は眉間を揉み解す仕草をする。

確か以前会った時に――宮城嵐の記憶を得た透(今は嵐だが)は、「忍は忍であり、黒蓉とは違う」と言っていた筈だ。
女性の扱いをよく心得ている嵐がそう言っていた以上、彼が現世において忍と黒蓉を混同するような振舞いをするとは考えにくい。

「んー……透ちゃんってさ、下界でずっと暮らしてたじゃん? 色恋のひとつやふたつ、経験あってもおかしくないかなーって、俺は踏んでたんだケドねー」

常世の記憶を現世に持っていくことが出来ないように、透が現世を生きる今の状態で、嵐が透の記憶全てを把握することは難しい。
嵐の予想に反し、透は「自分が異性からどのように見られているか」に関する観察眼が信じられないほど、曇っていた。つまり――鈍いのである。

透のこれまでの生を知らない以上、嵐の予測が外れるのも仕方が無いが――帳簿の見方や討伐の為の鍛錬に打ち込んでいた透は、実は異性に縁が遠かった。
復興もままならぬ京の街では、嵐が生前通っていたような花街もまだなければ、通りを女子が出歩くことも少ない。

経済の流れから人々が何を思っているのかを読み取り、駆け引きをしたり街人と交渉したり、復興に関する投資をすることに関してはほぼ一流といっていい腕を持つ透だが、色恋沙汰となると壊滅的だった。

「巡り合わせってか、多分。忍ちゃんが好きになっちゃうタイプの、『不器用なオトコ』に、透ちゃんが……たまったま、運悪く? あてはまっちゃった、ってカンジ?」

「……成程。『嵐』ではなく、『透』が接した事が裏目に出たという訳か」
「初代様。その言われ様……俺、けっこー傷つくんですケド」

透の人物像に好感を抱く娘であれば、嵐には惚れないと言外に告げられ、彼は思わず苦笑する。

忍の涙に動揺したことで、現世で透の中に眠っていた『嵐』は揺り起こされ、透を通じて忍を見て――気付いてしまった。
忍が、「交神の儀に行くな」と泣いた理由に。

「女の子ってさー、ホント、いつの間にかオンナになっちゃうんだよね。……あれは、恋する女の瞳だよ。透ちゃんも、罪作りなことで」
「他人事のように言っている場合ではあるまい。透殿が交神に行けず、忍殿も交神の儀を拒むとなれば高羽の血が絶えてしまうぞ」

身も蓋も無い水月初代の物言いに、嵐は思わず卓に突っ伏してしまう。

「だーかーらー、こうやって相談に来たんじゃん! 初代様なら、何かイイ知恵無いかなってー……」

卓に突っ伏したまま、顔だけ起こして見上げているので、初代を見る嵐は自然と上目遣いになる。
頼みごとをしているというより、叱られている子供のように見えるのは、きっと今でも、お互いにとって『始祖』と『子』の関係が抜けきっていないからなのだろう。

嵐の淹れてくれた茶を啜り、良い知恵かどうかは判らないが――と水月初代は切り出した。

「それならば、残る選択肢は『結魂』か『養子縁組』しか無いのではないか?」
「やっぱ、そうなっちゃうよねェ」

のろのろと体を起こし、髪をかき上げながら、ふう……と嵐は溜息をつく。

「出来れば、後者はナシにしたいな。俺たちの我侭で、キツい道を歩んでもらうコトになるお家事情だからさ。……出来るだけ、他家のお子さんを巻き込みたく無いんだよね」
「では、さっさと『結魂の儀』を執り行えば良かろう」
「忍ちゃんの心情考えると、ソレも難しいかなって思うんだよね」

嵐の視線が泳ぐのを、水月初代は見逃さなかった。

「嘘をつけ。結魂に抵抗があるのは君だろう。――おおかた、黒蓉殿と忍殿、双方に不義を働くようで、透殿が他家の娘と結魂の儀を執り行うのが心苦しいのだろうが」
「――っ、お見通し? 敵わないなー、アンタには」

水月初代の琥珀の瞳を受け止め、嵐は困ったように苦笑した。

「君がどうしても、結魂を受け入れられないなら……忍殿を説得するしかないぞ。彼女が頑なに拒んでいるのは、『透の交神』なのだろう?」

交神は、血の絆を以って子を授かる行為だ。
神の血と人の血、一族全員の心をひとつにした祈りの念がなければ、子を授かることが出来ない。
相手の神によっては、互いの肉体に触れることなく子を授かることも可能なのだが、透も忍も、まだそのことを知らない。

一方、結魂は『魂の絆』を以って子を授かる行為――すなわち、互いの心の傷や、大切にしている想いなどまで全てを相手にさらけ出し、また自らも相手の心を丸ごと受け止める必要がある。
そのため、絆や繋がりといった点では、ある意味『交神の儀よりも深い、情や相互の理解』が必要となる。
宮城嵐として、御室川黒蓉との間に結魂によって子を設けたことのある嵐には、それがわかっているから――透として他家の娘と結魂を行うことに対し、許容できない心の壁がある。
その心の壁を取り払うことが出来ない以上、透が結魂の儀によって子を授かるのは、おそらく不可能だ。
そして、甚だ勝手な想いだと頭では判っていても、忍に結魂をすすめるのは黒蓉の面影が邪魔をして切り出せずにいるのだろう。

透が交神に対して「どっちでもいい」と一見無責任ともとれる発言をしたのも、心の奥底に眠る『嵐の、透と忍が他家との結魂を拒む願い』が原因なのだが、忍は当然それを知らない。

「やれやれ。全く、世話の焼けることだな。――では、君が言い出せないなら、イツ花から、透殿と忍殿に『結魂か、養子縁組か。どちらかを選ぶように』提案させよう」
「わかった。――俺は、ふたりがどっちを選んでも、その選択に従うよ。……今、生きているのは、透ちゃんと忍ちゃんなんだから」

覚悟を決め、そう告げると、嵐は再び透の生きる現世に帰っていった。

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