縁結び劇場1・宮城家への旅立ち

イツ花ちゃんに養子縁組のお話を聞かされ、家族会議をすることになったR水月家。

「咲羅様、昼子様からの伝言ですー」
「何だい?」
「ええと、このたび遠き異国で、当家と同じように鬼を狩るのを宿命付けられたご一族がいらっしゃいまして。当家より、養子をお迎えしたいとの事でございます」
咲羅は、イツ花の差し出した昼子からの書簡を開いて、ほんの少し目を見張った。

「イツ花、皆を呼んできておくれ。久しぶりに、家族会議をしなくちゃね」

R水月家のほぼ真ん中に設えられた大広間。
一番上座の当主の座に咲羅、次いで海、侑。
海の向かいに嵐、その右隣に炎が座っている。

「で、何? 改まって」
(……まだ飲み屋のツケが回ってくる期日じゃないし。張った相場も家族会議しなきゃいけないほど落ち込んでるワケじゃないし。行きつけのお店で、声掛けてる女の子同士がケンカしたとかも、ここ最近はナイはずだし。うーん、他になんか呼び出されるような原因あったかなー)

精一杯真面目な顔を作りつつ、内心の動揺を悟られないよう、それらの懸案が現実になった場合の対応策を3パターン以上考える辺りが、嵐である。

「嵐と炎を、養子に欲しいとお申し出があったんだってさ」

現当主・咲羅の口から出てきた言葉に一同は目を丸くした。

「炎ちゃんはわかるけど、なんで嵐くんまで? 人生の8割を嘘とイカサマで渡ってるような『詐欺師』だよ?」

「おおかた、幻灯だけ見たんじゃないか? 嵐は顔だけはいいからな」

「侑、お前なー。俺は『顔だけ』じゃなくて、色々凄いんだよ? てか、海くん、けっこう失礼だよね。本人目の前にしてさー。嵐ちゃん泣いちゃうー」

「いや、だから。ココまで大きくなった男にウソ泣きされても、サムイから」

半ば恒例となりつつある、海のツッコミを『前世は芸人』と信じている炎は密かに尊敬のまなざしで見ている。いつか、あんな風に気の効いたツッコミの出来る大人になりたい。

「はいはいそこまで。…で、どの家に迎えてもらうかなんだけど。次の3家からお選びください、とのことでね、『男の子だらけの宮城さん家』か、
『髪切り地獄めぐりの宮城さんち』か『新築ホヤホヤの宮城さん家で大江山越え』のどれか……だってさ」

「それは、嵐くんの素行考えたら間違いなく女の子いないお家が良いでしょ」

海が即座に指摘するが、此処で引き下がる嵐ではない。

「今だって充分、咲羅さんしか女子居なくてムサッ苦しくて死んじゃいそうなのに、女の子いないお家とか絶・対! ヤダ。
そんなトコロにお婿に行かされるぐらいなら、炎ちゃん連れて家出してやる」

「それは、困るな……じゃ、髪切りツアーに参加するか?」

先方が炎と嵐の両方を迎えたいと言っている以上、ここで二人揃って逐電されるのは大変にまずい。
突かれると痛い所を容赦なく突いてくるのは、戦闘中の戦略に通じるものがあるが、子供の頃から付き合いのある侑は慣れたもので、さらりと受け流して代案を提示する。

「うーん。ま、今と大差無いような気もするケド、俺の能力値で地獄まで行けるか? 強壮薬山程つぎ込んでもらったら、まぁ投資の分はキッチリ働いて返すけどね」

「留守番させても良いけど、嵐の場合は喜んで花街に行きそうだからな。他所様のお宅でそんな振舞いをしたとあっては、申し訳ない」

侑の言いように、うんうんと隣で海も頷いている。

そんな二人の様子を見て、嵐は軽く肩をすくめた。

「俺って信用が無いなぁ。……ま、留守番だったら確かに花街行くケドさ」

このままでは埒があかないと判断した咲羅は、先ほどから皆のやり取りを見守っていた炎に意見を求めた。

「嵐が決められないなら、炎に聞こうか。炎、どうしたい? 先方は、お前の希望も気になるんだそうだ」

「おれ、嵐ちゃんと一緒に大江山越える!!」

普段の生活態度に大いに問題はあるが、討伐となれば素早い状況判断と適度に役立つ戦術、そして何より、弓使いでありながら前列に立って戦う姿が頼もしく思えたのか、炎は嵐によく懐いていた。

初陣から数ヶ月程経ち、そこそこの年齢になっているはずなのだが幼い頃の癖が抜けず、未だに炎は嵐を親しみを込めた敬称付けで呼んでいる。

「よし決まった。では、宮城家の佑さんのところに送り出そう」

送り出す先が決まったところで、二人を見送るために咲羅、海、侑の三人は揃って縁側へと向かう。

何故縁側かといえば、当家では養子を送り出す前に、庭に設えた祭壇で初代当主の祝福を受けるというしきたりがあるからだ。

「ホントに大丈夫なの? あの嵐くんだよ?」

「海くん、大丈夫。嵐が悪さできないように、初代様のお力を貸していただくことになったんだ」

まだ心配そうな表情をする海に、侑が咲羅の秘策を教えた。

咲羅は、庭に設けられた祭壇の前に立ち、養子縁組に向かう二人に声を掛けた。

「嵐、炎、準備はできたかい?」

「え、ああ……うん。いつでもいーよ」

例によってど派手に改造した独自の戦装束に着替えた嵐と、装束は嵐を見習わず普通に戦装束を着こなしている炎が並んで立っていた。

そして祭壇の横に、家系図や幻灯で見慣れた、初代当主の姿がある。

「では初代様、お願いします」

「うむ。二人とも、その陣の中に入りなさい。よし、良いな――我、運命の一族の始祖にして天と地の狭間に生きるもの、運命の一族の血と名をもって、時を渡る忘れられし古の神に願わん。我が血族の子等よ、我が望みし姿に時を上れ」

一瞬の閃光の後、陣の中に立つ嵐と炎――二人の背が縮んでいた。

「ってうわ何コレ? あらら、戦装束がぶかぶか。おや、炎ちゃんも、可愛くなっちゃって……うん、炎ちゃんのこの小ささからして、俺もしかして5ヶ月ってトコ?」

「これも先方のご希望でね。若い時の方が良いそうだ。それに何より、元服前の嵐なら、そうそう女子に対してちょっかいかける類の悪さもできまい」

咲羅の言い様に、嵐はしょうがないなーと笑った。

肉体が若返った分、色香よりも少年独特の朗らかさの方が勝る。

「ちぇー。まあ良いや、あっちでイイ男になるよう育ててもらうからさ。炎ちゃん、行こ」

「では二人とも、宮城さんのお家でもしっかり奉公するんだぞ。……そして、幸運を祈る」

――りん。

「? 何コレ」

「すずー?」

かなり小さくなってしまったので、好奇心いっぱいの子供そのものの表情で、炎が嵐と初代の手元を覗き込んだ。

「霊験あらたかな、すずのや神社のお守りだよ。きっと、君たちを守ってくれる。可愛いだろう?」

剛毅な性格に似合わず、可愛いものが大好きな初代は、私の分も欲しかったな――などと言いながら、慣れた手つきで嵐の髪飾りと、炎の髪紐に守り鈴を編みこんだ。

ついでに、小さくなって全く着丈が合わなくなった炎を着替えさせる。

「嵐ちゃん、おそろい!」

可愛いといわれて喜ぶ年齢でもないが、炎が嬉しそうにしているので、あえて嵐はそこには触れないことにした。

5ヶ月当時に使っていた装束に着替えなおした嵐は、小さくなった炎の手を引き、空いている方の手を振りながら旅立った。

炎も元気いっぱいで、何度も振り返りながら笑顔で手を振っている。

「……初代様、あそこで嵐くんに釘は刺さないんですね」

ポツリとこぼした、海の一言に対し、朗らかに初代は笑う。

「何を言う。ふたりは私にとって可愛い息子たちだぞ。信頼しているに決まっているだろう。無論――君らもな。
私にできるのは精々が、祝福の言葉を与えてやる程度のことに過ぎんよ――ふむ、そろそろ時間か」

一族に縁の深い、迷宮でよく会う少年と同じように、初代の体もうっすら景色が透けて見える。

一陣の風とともに、光の粒となって初代の姿は消えた。

――我が子らの、道行く先に……光あれ。

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