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俺の屍を越えてゆけ二次創作コンテンツ。

高羽家青嵐記・弐

地上に降りて、俺は近所に住む剣術師範に戦い方を教えてもらうことになった。

どういう素性かは知らないが、師範は街の人とほんの少し雰囲気の違う人で――夕暮れの海のような蒼い瞳を持っていた。
異人の商人に時折見る、金の巻き毛に青い瞳ではなく、黒髪に青い瞳の組み合わせは珍しい。一度、気になって聞いたことがあるが、返答は「異国の出身だから」とだけ言われた。(ああ、聞かれたくないねんな)と思った俺は、師にそれ以上尋ねることはしていない。
師は、俺が小さい頃から通っていた寺子屋にも度々出入りしていて、例の喧嘩の時にも俺を庇ってくれた。

俺は、親父や天界の連中だけでなく――おそらく、とても沢山の人に助けられて「生かされて」いる。
本来思い描いていた方法とは大幅に違ってしまったが、荒れた都を建てなおす力になれるのなら、『鬼狩り稼業も悪くないかもしれない』と思えるようになった。

 

そうしてしばらくたった頃。
天界から遣わされた、下働きの娘――イツ花に連れられて、俺の胸の辺りぐらいまでの背丈に成長した、忍が家にやってきた。

「はじめまして、透様! 今日から、身の回りのお世話をさせて頂くイツ花です! よろしくお願いしまーす! とりあえず、風邪を引かないだけが取り柄の私ですから、何でもバーンとォ! お言いつけください。でもってェ、一日でも早く朱点童子を倒せるよう一緒に頑張りましょうネ!!」

(な――昼子?! 何で、此処に?!)
口も利けないぐらい驚いている俺を尻目に、イツ花は一気に挨拶の口上をまくし立てる。

「何が『はじめまして』や! ふざけとんのかお前」

口上が終わり、ようやく口を挟めるようになったが、反射的に口をついた言葉はつい喧嘩腰になってしまう。
忘れもしない琥珀の瞳を真正面から見据え、俺は忍の存在を忘れてイツ花を睨みつけていた。

「ごめ、なさ……」
「違う、自分に言うてるわけや無い」

イツ花の袖を握り緊めながら、見上げる藍色の瞳に気がついて、俺は慌てて声をかけるが遅かった。
忍の両目には、涙が浮かんでいる。

「怒らないで、父様」
「お父ちゃん言うな」
「ごめんなさい」

反射的に言った俺の顔を見て、忍はぼろぼろと大粒の涙をこぼす。
耐え切れなくなってしゃくりあげる少女は、床に視線を落としたままだ。

(ああ、この子も。――俺のこの瞳が怖いんか)

 

寺子屋に通っていた頃から、極稀に女子と目が合うと決まって目を逸らされていた。
眼鏡をかけるようになってから、多少マシになっていたが――自分しか居ない家の中だったので、油断していて今日は眼鏡をかけていなかった。

少しかがんで視線の高さを揃え、懐から眼鏡を取り出してかけてから、俺は忍に声をかけた。外回り用に何度か練習した、笑顔を作れていると良いが。

「すまんかったの。これで、もう怖いことないやろ? 泣いたら別嬪さんが台無しやで」
「……」

驚いたように、無言で見返す忍は、ようやくイツ花の袖を離した。

「忍様も落ち着かれたことですし。いざ、出陣!! の前にィ、パパパパぐらいで構いませんから、色んな情報をお確かめくださいネ」

言うだけ言って、イツ花は「じゃあ、荷解きしてきまーす!」とさっさと蔵に引っ込んでしまった。

(あの顔立ちは、どうみても昼子にそっくりやねんけど。……昼子から感じるあの威圧感が無いし、年齢もちょっと下みたいやし。別人なんか?)

「あの、当主様」

恐る恐る、見上げながら話しかけてくる忍の頭に、俺はぽんと手を置く。
笑いたいわけではなかったが、思わず苦笑がもれてしまう。

「透でエエよ。ふたりしか居らんのに、そないな呼び方されたら堅ッ苦しゅーて適わんわ」
「はい」

イツ花がそそくさと蔵の方へ行ってしまったので、部屋に忍を連れて行くのは俺の役目になった。
さっそく鬼退治に行くとなれば、身支度をしなければならないのだが、女子の着替えやら何やらを、俺の手ですることは出来ない。
ひとまず部屋に忍を待たせて、俺はイツ花を呼びに蔵へ行くことにした。

「――イツ花ちゃん」
「何でしょう? 透様」

ハタキを片手に、イツ花が振り返る。

「忍ちゃんの身支度、手伝うたってや。荷解きや、討伐に持って行くモンの準備は俺がやっとくから」
「はーい! ンじゃ、お支度が出来ましたら、今度こそ、本物の出陣の号令をお掛けくださいネ」
「なァ、アンタと昼子は――」
「イツ花の髪型や声色は昼子様のマネっこなんです! ここまで似せるの、苦労してるんですよォ?」

エヘヘと笑う少女からは、女神から感じたのと同じ威圧感はやはり、感じられない。
憧れて真似ているとイツ花が言うのは、おそらく本当なのだろう。

支度を整え、玄関に並んで立つ俺と忍に、初めての出陣に際する忠告をイツ花がしてくれた。
イツ花の「当主様、ご出陣!」の声を背に、出発しかけて、俺は大事なことに気がついた。

「悪い、イツ花ちゃん、これ預かっといて」
「え? 透様、眼鏡がなくて、お差支え無いのですか?」

自分自身、目が悪く、視界を矯正する為に眼鏡をかけているイツ花には、他の目的が想像できなかったのだろう。
驚いた表情で、俺の顔を見るイツ花の眼鏡を取り、代わりに俺が先ほどまでかけていた眼鏡をかけてやり――玄関先に置いてある鏡を差し出す。

「見てみ」
「ああッ!」

鏡の中のイツ花の瞳は、琥珀から灰に近い墨色に染め替えられていた。

「度は入ってへんから、イツ花ちゃんには向かへんと思うけどな。目の色隠したければ貸したるわ」

ははっと笑って、頭をぽんぽんとはたき、「ほな行ってくるわ」と告げると、自分の眼鏡にかけかえたイツ花は、何やら複雑な表情で俺を見ていた。

「透様は、眼鏡をお使いにならない方が、良いかと……」
「そうか? まあ、討伐の時は割れたらアカンから、言われんでも置いていくけどな」
「あの、透……ちゃん」

当主様とも、父とも呼ぶなと言ったため、どう呼べば良いのか困惑している忍は、俺を呼ぶのに若干ためらいがあった。

「忍ちゃんは、怖かったら後ろに下がっとき」
「……うん」

素顔を見せると、目を逸らされる。反応から察するに、俺はやはり忍に怖がられているのだ。
血の絆があるから無条件に好かれる――なんて、期待していたわけではない……けれど。

(慣れとるいうても――嫌われるのは、あんまエエ気分や無いな)

 

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高羽家青嵐記<幕間2>

「初代様、いる?」
「――呼んだか」

嵐の呼びかけに応え、何もなかった空間に、水浅葱の髪と琥珀の瞳を持つ女侍――水月初代が姿を現した。

「実はちょっとばかし、困ったことになっててさー。お知恵を拝借したくて、こうして来ちゃったってワケ」
「用件を言え」

言って、彼女は嵐が用意した卓につく。
もてなしのつもりなのだろう。卓の上には、湯気の立ち上る茶器が用意されていた。

女性の前で弱音を吐くのを是としない、嵐が相談を持ちかけてくるのだ。
余程、抜き差しなら無い状況にあるのだろうと察して、水月初代は動じず話を進めることにした。

「言いにくいんだけど……透ちゃんの失言が原因でさ。忍ちゃん、透ちゃんに惚れちゃったみたいなんだよねー」
「何故、そうなるのだ」

言って、水月初代は眉間を揉み解す仕草をする。

確か以前会った時に――宮城嵐の記憶を得た透(今は嵐だが)は、「忍は忍であり、黒蓉とは違う」と言っていた筈だ。
女性の扱いをよく心得ている嵐がそう言っていた以上、彼が現世において忍と黒蓉を混同するような振舞いをするとは考えにくい。

「んー……透ちゃんってさ、下界でずっと暮らしてたじゃん? 色恋のひとつやふたつ、経験あってもおかしくないかなーって、俺は踏んでたんだケドねー」

常世の記憶を現世に持っていくことが出来ないように、透が現世を生きる今の状態で、嵐が透の記憶全てを把握することは難しい。
嵐の予想に反し、透は「自分が異性からどのように見られているか」に関する観察眼が信じられないほど、曇っていた。つまり――鈍いのである。

透のこれまでの生を知らない以上、嵐の予測が外れるのも仕方が無いが――帳簿の見方や討伐の為の鍛錬に打ち込んでいた透は、実は異性に縁が遠かった。
復興もままならぬ京の街では、嵐が生前通っていたような花街もまだなければ、通りを女子が出歩くことも少ない。

経済の流れから人々が何を思っているのかを読み取り、駆け引きをしたり街人と交渉したり、復興に関する投資をすることに関してはほぼ一流といっていい腕を持つ透だが、色恋沙汰となると壊滅的だった。

「巡り合わせってか、多分。忍ちゃんが好きになっちゃうタイプの、『不器用なオトコ』に、透ちゃんが……たまったま、運悪く? あてはまっちゃった、ってカンジ?」

「……成程。『嵐』ではなく、『透』が接した事が裏目に出たという訳か」
「初代様。その言われ様……俺、けっこー傷つくんですケド」

透の人物像に好感を抱く娘であれば、嵐には惚れないと言外に告げられ、彼は思わず苦笑する。

忍の涙に動揺したことで、現世で透の中に眠っていた『嵐』は揺り起こされ、透を通じて忍を見て――気付いてしまった。
忍が、「交神の儀に行くな」と泣いた理由に。

「女の子ってさー、ホント、いつの間にかオンナになっちゃうんだよね。……あれは、恋する女の瞳だよ。透ちゃんも、罪作りなことで」
「他人事のように言っている場合ではあるまい。透殿が交神に行けず、忍殿も交神の儀を拒むとなれば高羽の血が絶えてしまうぞ」

身も蓋も無い水月初代の物言いに、嵐は思わず卓に突っ伏してしまう。

「だーかーらー、こうやって相談に来たんじゃん! 初代様なら、何かイイ知恵無いかなってー……」

卓に突っ伏したまま、顔だけ起こして見上げているので、初代を見る嵐は自然と上目遣いになる。
頼みごとをしているというより、叱られている子供のように見えるのは、きっと今でも、お互いにとって『始祖』と『子』の関係が抜けきっていないからなのだろう。

嵐の淹れてくれた茶を啜り、良い知恵かどうかは判らないが――と水月初代は切り出した。

「それならば、残る選択肢は『結魂』か『養子縁組』しか無いのではないか?」
「やっぱ、そうなっちゃうよねェ」

のろのろと体を起こし、髪をかき上げながら、ふう……と嵐は溜息をつく。

「出来れば、後者はナシにしたいな。俺たちの我侭で、キツい道を歩んでもらうコトになるお家事情だからさ。……出来るだけ、他家のお子さんを巻き込みたく無いんだよね」
「では、さっさと『結魂の儀』を執り行えば良かろう」
「忍ちゃんの心情考えると、ソレも難しいかなって思うんだよね」

嵐の視線が泳ぐのを、水月初代は見逃さなかった。

「嘘をつけ。結魂に抵抗があるのは君だろう。――おおかた、黒蓉殿と忍殿、双方に不義を働くようで、透殿が他家の娘と結魂の儀を執り行うのが心苦しいのだろうが」
「――っ、お見通し? 敵わないなー、アンタには」

水月初代の琥珀の瞳を受け止め、嵐は困ったように苦笑した。

「君がどうしても、結魂を受け入れられないなら……忍殿を説得するしかないぞ。彼女が頑なに拒んでいるのは、『透の交神』なのだろう?」

交神は、血の絆を以って子を授かる行為だ。
神の血と人の血、一族全員の心をひとつにした祈りの念がなければ、子を授かることが出来ない。
相手の神によっては、互いの肉体に触れることなく子を授かることも可能なのだが、透も忍も、まだそのことを知らない。

一方、結魂は『魂の絆』を以って子を授かる行為――すなわち、互いの心の傷や、大切にしている想いなどまで全てを相手にさらけ出し、また自らも相手の心を丸ごと受け止める必要がある。
そのため、絆や繋がりといった点では、ある意味『交神の儀よりも深い、情や相互の理解』が必要となる。
宮城嵐として、御室川黒蓉との間に結魂によって子を設けたことのある嵐には、それがわかっているから――透として他家の娘と結魂を行うことに対し、許容できない心の壁がある。
その心の壁を取り払うことが出来ない以上、透が結魂の儀によって子を授かるのは、おそらく不可能だ。
そして、甚だ勝手な想いだと頭では判っていても、忍に結魂をすすめるのは黒蓉の面影が邪魔をして切り出せずにいるのだろう。

透が交神に対して「どっちでもいい」と一見無責任ともとれる発言をしたのも、心の奥底に眠る『嵐の、透と忍が他家との結魂を拒む願い』が原因なのだが、忍は当然それを知らない。

「やれやれ。全く、世話の焼けることだな。――では、君が言い出せないなら、イツ花から、透殿と忍殿に『結魂か、養子縁組か。どちらかを選ぶように』提案させよう」
「わかった。――俺は、ふたりがどっちを選んでも、その選択に従うよ。……今、生きているのは、透ちゃんと忍ちゃんなんだから」

覚悟を決め、そう告げると、嵐は再び透の生きる現世に帰っていった。

異説・片瀬家の系譜<番外1・第3幕>

片瀬家の系譜<番外1>

「来た早々で悪いが、嵐。君には、地獄に行って貰う」

「当主様の命令とあれば、何なりと」

悲願達成を目前に迎えた片瀬の家。

嵐の推測は外れではなく、黄川人の言う『素敵な庭への鍵』を集め終えた後、突如として出現した赤い印へと踏込むと、そこは地獄の入り口だった。
三途の川を越えて、針の山か地の池を越え、砂漠を抜けると朱点童子の待つ修羅の塔への入り口がある。
討伐隊は、これまで幾度も地獄の中と、京の家とを行き来していた。
地獄の中を徘徊する名も無い鬼達を狩れるようにならなくては、到底朱点になど挑めない。

当主となったものには、一族の能力が数値として『視えて』しまう。
嵐本人が『この時期に迎えるほど高い能力ではない』と言うのが頷ける、言い方は悪いが中途半端な数値だった。
際立って高いのは、風に関わる数値だろうか。
秋征が使いこなすことが出来ずにいる『名弓雲破り』での属性が上乗せされれば、地獄の鬼に対しても渡り合えるかもしれない。

だが、現状のまま、朱点に挑むのは難しい。

つい先日、朱点と八ツ髪に敗走を喫した経験のある森香は、それが痛いほどよくわかっていた。
朱点に挑む為には、地獄に滞留して時登りの笛で時間を巻き戻し、何度も何度もただひたすらに鬼を狩り続けて体力その他の数値の底上げを図るしかないのだ。

「秋幸、秋征。付いて行ってくれるな? それから、一匹でも多くの鬼を狩れる様に、今月はみさおを隊長にする」
「うん。嵐くんは僕が守るから安心してくれていいよ」
「……男に『守る』って言われても嬉しく無いなあ。女子に守られるのはもっとイヤだけどねー」
「嵐、実家じゃどうだったか知らないけど、後列に下がっててくれよ。ウチじゃ基本的に弓は後方支援担当だからな」
「了解。我侭言ってもいいなら、女子のみさおさんを前列に立たせて俺は後列っての、いささか信条に反するんだけど……実力不足ならまず、足をひっぱらないように務めないとね」
「大丈夫よ。先手さえ取れれば、わたしの丘鯨で殲滅できない雑魚はほぼ、いないから」

現在家に居る女子で唯一、来訪時に「男より逞しい」と言われなかったみさおだが、いざ討伐となれば、女だてらに重たい大筒を担いで豪快に戦う。
しかし、こうして座敷に居れば髪や瞳の色を除けば市井の娘と変わらない、年頃の若い娘だ。
軽防具しか付けられず、防御面に若干の不安が残る大筒士は親玉と戦うには不向きと判断され、片瀬家では初陣の者が能力値を底上げする際に同行することが多かった。

つまり、今回の出陣では決着をつける気が無いのだと、討伐隊に指名された双子には解る。

「それと、言いにくいのだが……これも、初代からの命令でな。嵐、討伐から帰ってきたら『交神の儀』に臨んでもらう事になる。奉納点が6万点台になるまで帰ってくるな」

「……8ヶ月の俺を養子に迎えた理由はそれでしたか」

奉納点で、相手が誰であるのかは察しがついているのだろう。一瞬、ハッとした表情になった嵐は、かすかに苦笑した。
元服後は心身共にバランスの取れた時期でもあるが、身体能力を底上げして戦わせることを考えるのであれば、もう少し若い者を養子として迎えた方が良いに決まっている。
迎えた直後から第一線で戦うことが出来るほど高い能力を有している者ならば、それでも構わないのかもしれないが、育て上げる必要がある者としてはやや不向きだ。

「他の年長者の方を差し置いて、っていうのは正直気が引けるんですけど」

「いいの。わたしも森香姉も気にしないし。片瀬の家訓として、男は結魂や交神に自分の感情挟む余地無いの知ってるから。逆に『ちょっと気の毒かしら』って思うわよ」

片瀬の家訓として、個人的な感情で相手を選ぶのは女子の特権とされている。
男児は、奥義を継承しない場合のみ相手を選ぶことが許されるが、他家から『血筋が欲しい』と乞われれば絶対に断れない。
槍家系の跡取りでない秋征は、比較的自由が選べる身だ。その理屈で言えば、嵐も選択の自由が適用されてもおかしくは無い。

「おそらく初代は、『迎えた血筋が絶える事に対する懸念を払拭しておきたいのだろう』と私は思うのだが……すまないな。呪いを解くことが出来る目前にあって、このような頼みをしなくてはいけない当家の不甲斐なさを――恨んでくれても構わない」

「嫌だな、玲様。お美しい方の頼みをきかない訳にはいかないし、恨んだりなんてしませんってば。だから、そんな風に眉間にシワ寄せるのナシ! 美人が台無しですよ」

「ぷっ……あははは!」
「そうそう、女性はやっぱり笑っている方が――って、どうしたの? ユキ君……と、マサ君も」

何がそんなにおかしいのかと、森香を不思議そうに見ている(というより固まっている)双子に、嵐は思わず声をかけた。

「いや、珍しいものが見れたなーというか」
「当主様を女扱いするヤツも珍しいけど、こんな風に笑った顔が見られるのも珍しいぜ」
「というより、片瀬の女は総じてイツ花ちゃんに『その辺の男より逞しい』なんて言われちゃうもの。だから、当主様じゃなくても、こんな風に嬉しいこと言ってくれるの嵐くんが初めてよ。秋幸君も秋征君も見習いなさいな」

目の端にうっすら涙を浮かべるほど笑った森香を見て、討伐隊の面々は三者三様の感想を述べる。
みさおに至っては、双子を軽く窘めていた。

「ああ、こんなに笑ったのは子供の頃以来じゃないかな。――さて、嵐」
「何でしょう」
「戦装束だがな、まだ仕立てあがって無くてな。悪いが、片瀬の色で仕立て直した、君の装束が出来上がるまでは前のを使ってくれないか」
「前の? 俺はソレでも構いませんが……態々仕立て直してもらうのも気が引けるし、片瀬の先人のどなたかが以前使っていた余りでも、差し支えないですよ」
「特別製なのだろう? 君のは。それに先人の余りでは君や秋征には着丈が合わない」

どのみち仕立て直しに出さなければならないのなら、新しく仕立てる方が職人の手間も省けて一族の士気も上がるだろうと森香は踏んでいた。
それに、嵐の戦装束は通常の仕立てと違い、羽織の内側に物入れがあったり、表にも装飾が施されている一点ものを好んで着ていた――と森香は伝聞で知っていた。
残念ながら、当主の間に挨拶に現れた嵐は、戦装束から着替えてしまっていたので実物を見る機会は無かったのだが。

「あ、嵐くんの特製戦装束だよね? 当主様、せっかくだから同じの僕にも仕立てて欲しいな」
「マサ、あのど派手な装束、お前も着る気かよ?! 当主、オレのは仕立て直さなくて良いからな!」

『先人の使っていたもので良い』という嵐の反応も予想外だったが、双子の反応もまた森香の予想の範疇を超えていた。

 

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異説・片瀬家の系譜<番外1・第2幕>

片瀬家の系譜<番外1>

「嵐の命、本日只今より
玲様にお預けいたします。存分にお使いください!!」

異国から来た青年は、当主の顔を正面から見据えてそう告げた。
嵐が面を上げると、澄んだ鈴の音と共に派手な羽の髪飾りが揺れる。
深緑の髪に、琥珀の瞳。双子の艶やかな若葉色や鬱金色とは趣を違えているが、心に風神の守護、技に土神の守護を得た片瀬の双子――秋幸、秋征と並ぶとまるで本当の兄弟のようにも見える。

初代・片瀬玲のたっての願いで迎えた養子は、現当主・森香のみに見せられた書付や、実家での幻灯等から思い描いていた姿とは大きく印象が異なっていた。

(もっとこう――くだけた挨拶をするのかと思っていたが……警戒されてしまったかな)

「初めまして、嵐くん。ユキ君と並ぶと、僕たち三つ子みたいだね」
「よろしく、嵐。おれの事は秋幸でもユキでも好きな方で呼んでくれていいぜ」

(おや? 秋征の方が懐くのは珍しいな。あの「座敷わらし」がねえ……)

髪色を見て判るとおり、心に風の加護を受けた双子は、何を考えているのかわからないところがあり、当主にとって常に悩みの種でもあった。
討伐に出せば、お互い傷を負うたび回復を進言してくる。

しかし、隊長が体力半分持っていかれるような事があっても、放っておけば治るとばかりに隊長狙いやら、やたら効果が派手な攻撃術を提案してくるのだ。
どうやら、双子の世界は互いが互いを中心に回っているらしい。
そんなに心配なら片方を留守番にするかと言ってみたら、唯一品の槍や、先祖が心血注いで育てた特注剣を質入して家出しようとする有様。
つまり、引き離せないのだ。

その双子が、初めて自分達以外に関心を持った。
これは、喜ばしい変化なのかもしれない。

「じゃ、マサ君とユキ君でいいかな?」
「うん。あ、そうだ当主様。せっかくだから嵐くん囲んで幻灯撮ろうよ」
「あ、ああ。では街へ出ようか」
「……明日は雨かしらね」
「しっ! 滅多なことを言わないでくれ。双子が機嫌を損ねたら、当主の言うことも聞かないんだから」

嵐を挟んで、三人並んで歩く双子を追うように、片瀬の現当主・森香とその妹・果林が並んで歩く。

通常、長子が兄・姉となるのだが、「双子に限り後から生まれた方が兄または姉」という家訓に従い、片瀬の家では槍家系の二子秋征が兄、薙刀家系の二子森香が姉だ。
序列に従い、現当主は森香なのだが、風の双子は当主の威厳をもってしても御しがたい。

 

街並が気になるのか、嵐は先刻から周りを見回している。
ふと、彼は振り返って森香に問うた。

「ひとつ聞いても良いですか?」
「ああ。何かな」
「失礼を承知で申し上げますが。……片瀬の家は、悲願成就を胸に、ひたすら邁進していらしたのだという印象を受けました。大願成就も近い、この時期に俺を迎えた理由は何でしょう」

やはりきたか、と森香は息を呑んだ。

「君を迎えたのは片瀬初代の願いだ。私も詳しくは知らない。すまない……それより、『大願成就が近い』『片瀬が悲願に向けて邁進した』と判断したのは何故かな?」
「街並です。武具屋や雑貨屋、宗教設備は充実してますが、その他の所謂『娯楽』に関わる部門への投資は切り捨てていらっしゃるのではないかと」

品揃えを見れば復興の度合いが知れる。
武器防具の充実振りは、片瀬が商業部門への投資をそこそこしてきたことの証だ。

宗教部門は、一族が子を授かるのに必要な「交神の儀」の奉納点に直結しているし、刀鍛冶を呼ぶことが出来れば戦力の大幅な増強に繋がる。
漢方薬屋の品揃えを充実させれば討伐で多少の無茶もきく。

つまり、優先的に資金を投じてきたのが討伐に直結している所に限られている――故に『悲願成就に向けてひたすら邁進した一族』と判断できる、という訳だ。

「娯楽を切り捨てているというのが何故解る?」

「俺の実家――水月の初代は……そうですね、一言で表すなら『変わった』方なんですよ。『武具など拾い物で充分、そんな血腥いものにつぎ込む余裕があるなら、娘達が美しく着飾って人生を謳歌できるように着物を仕立てるか、幻灯枠が追加されるように娯楽部門に投資しろ』と、言ってのける剛毅な女侍です――ほんの少しだけ、貴女に雰囲気が似ています。……玲様」

そこまで言って、嵐は苦笑する。そして、視線を森香の顔から再びぐるりと街並へと見渡し――告げる。

「その水月初代の方針に従って復興させた街並と、この街並は大いに違っています」

それに俺は、朱点打倒のみを掲げて生きた者達の街を一度、見たことがあるから――と、嵐は一瞬だけ、懐かしさと淋しさの入り混じったような微笑を見せた。

「嵐くん? 当主様も何か難しい顔してるね」
「当主様、あんま細かいこと気にしてたらハゲるぜ」

足を止めた嵐に気付いて、双子も振り返る。
「ユキ君、淑女に向かって『ハゲる』は無いでしょー!」

嵐は笑って、秋幸の肩を叩く。

「あとね、当主様。ユキ君とマサ君から聞いたんですよ。術を覚えるために、ふたりは『朱ノ首輪』使ったんでしょ? 主力の二人に、家出されるリスクを賭けてまで覚えさせたい術があるってことは――相当、切羽詰ってる。だけど、ソレを実行するだけの見返りが期待できる――ここまで来たら『悲願成就』しかないよね……って、思ったんですけど。違いますか?」

(一を見て十を見通す、か――成程な。初代が求めたのはこれか)

くだけた口調の方が作っている彼なのか、固い口調の方が作っている彼なのか、森香にはまだ見極めが付かない。
だが、表情を見る限り、秋幸や秋征に対して話しかけるときや、その逆の時。嵐の良く変わる表情は、作った表情ではなく内から出てきた感情そのままの、歳相応のものに見えた。やはり、歳が近く、考えることも似ているものには心を許すことが出来るのだろうか。
少なくとも、双子には多少なりとも打ち解け始めているのではないか――と森香は思った。
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異説・片瀬家の系譜<番外1>

無限空間の黒。
天も地もわからない空間に、巨大な水鏡が設えられている。
水鏡の前に立つのは、水浅葱色の髪に琥珀の瞳を持つ――運命の一族の始祖。

「嵐。いるのだろう? すまないが手を貸してくれ。君の力が必要なんだ」

「はいはい居ますよー。……で、何ですか初代様ー?」

りん、という鈴の音と共に、深緑の髪に羽飾りをあしらった青年がどこからともなく姿を現す。

「俺が此処にこうしている間、透ちゃんてばスヤスヤ寝こけちゃってるワケでー。
こんな頻繁に、俺を呼び出してて大丈夫なの? 初代様」

魂の奥津城に、生きている者は出入りすることが出来ない。
高羽透の命数は未だ尽きて居ないので、この場所に現れるとき――透は必然的に「嵐」になってしまう。

「問題ない。我々の体感として時の流れがあるように感じるだけで、現世での時間は止まっている」
「成程。……ってか、俺さぁ? 今更だけど、アンタのこと尊敬しちゃうなー。そんな過酷な役目、よく引き受けたよね」

永劫にも感じられる時を、血を分けた子らを何度も何度も見送るなど正気の沙汰では無い――と嵐は評する。

「……だから私は選んだのだよ。人ではない、永劫の時を生きる者を――共犯者としてな」

目を伏せ、穏やかな静謐をたたえた表情の水月初代を見て、反射的に嵐は「しまった」という表情を浮かべる。
が、水月初代が再び視線を戻す前に、表情を取り繕うのは忘れてはいなかった。

「――私のことは良い、本題に入るぞ。
すまない嵐、君にはまた異国を旅して貰わねばならんのだ」

「嫌だなーって言ったら、どうなっちゃうのかナー?」

「君が本気で嫌なら、無理強いはしない。
私が先方に断りを入れれば済む話だからな――ただ」

水月初代は妙に歯切れが悪い。
短い付き合いでは無くなって、嵐にもなんとなく予想がついてしまった。

「天来の娘たちが、嘆き悲しむことになるだろう」

「はー……しょうがないなあ。
可愛い女の子のためなら断れませんー! で、今度はドコに行けばいいワケ?」

「片瀬の家に。――きついぞ」

「あんたがそう言うってコトは、よっぽど過酷なんだろうねー。……片瀬初代って、美人?」

「いや、男だ。面影は……そうだな。君と生前とても仲の良かった、侑に似ている」

「やっぱ断ってイイ?」

運命の神様というものが居るのなら、洒落が強すぎていっそ悪意すら感じる。
が、此処まで来ると逆に笑えてくる――と嵐は苦笑した。

「――すまんな、凛音殿。我が力及ばず、君の一族の助けになること、叶わず……だ」

嵐と向き合い、背を向けたまま呼びかける水月初代の言葉に応えるかのように、水鏡の水面が揺れる。

「いえ、良いんです。
――三つ目の呪いを回避する方法は、既に見つけてありますから」

鏡の向こうから響くのは、少年独特の高く済んだ声。
水月初代が鏡の真正面に立っているので、衝立のようになって、嵐には少年の顔を見ることが出来ない。

「三つ目の呪いって何だよ。そんなモノがあるなんて俺、聞いてないぜ」

「我々の一族には無かった呪いだ。
君が知らないのも無理はない――天来の家ではな、『男児は全て、生まれて一月も生きることが出来ない』のだよ」

「私は、天の助けにより一年と数ヶ月の命を得ました。
しかし――男にしか効力の無い呪いなら、女児のみを授かるように交神の儀を執り行えばよいのです。
ただ……それだけのこと」

「そんなことが可能なのか?」

「あ、こら! 嵐――凛音殿の顔を見るな」

色々と衝撃が大きすぎて、嵐の口調から軽口を叩くだけの余裕が消えている。
思わず身を乗り出して、水鏡の向こうに居る凛音に近づこうとして、水月の初代に阻まれそうになる――が。

水月初代の制止は僅かに間に合わず、嵐はしっかりと『異国の始祖』の顔を見てしまった。
現れた面影を見て、嵐は零れ落ちそうなくらいに目を見開く。

「遥?!」

「嵐殿、ですね? お初にお目にかかります。
私の名は『天来凛音(アマキ リンネ)』。あなた方と異なる国の、運命の一族の始祖……です」

金糸雀色の髪に向日葵色の瞳を持つ少年――異国の『運命の一族の始祖』だという少年は、嵐にとって、侑以上に縁の深い面影を宿していた。
ふわふわとした少し癖のある髪を、切りっ放しにしたような髪型に、ぱっちりというよりはくりっとした目が印象的な、愛らしい少年。
嵐によく似た、風の守護が現れた髪色が自慢だと言っていた息子――遥に、生き写しだった。

「――初代様……だから、『凛音さんの顔を見るな』って、言ったんだな」

他人だとわかっていても、黒蓉によく似た面影のある忍を見捨てられなかったように。
凛音の面影に遥を見出してしまえば――同じように、嵐は凛音を見捨てられる筈が無い。
ならば最初から、凛音を使えば嵐に頼みを聞かせることなど容易い――しかし、水月初代はそれをしなかった。

「はは、何つーか……俺も遥も、よくよく『養子縁組』に縁があるのな」

水月家で嵐がその生涯を閉じた後、是非にと望まれて遥は異国へと渡った。
美しく強い姉達や、元気いっぱいの可愛い妹に囲まれて、異国の遥も幸せそうだった。
水月の家も、養女に迎えた紅音が呼び水となったのか……今では念願の女児に恵まれている。
覚悟を決めた嵐は、水月初代の琥珀の瞳を正面から受け止めた。

「行くよ、片瀬の家に。――でもその前に、いっこ訊いてもイイ?」
「何だ?」
「片瀬の初代サマは、何で俺をお望みなワケ? 悪いケド俺、男相手にどうこう……は正直御免被りたいな」

恐る恐る、といった面持ちで問う嵐に、心配するなと水月初代は微笑んだ。

「稚児というわけではないから安心していい。今回送り出す君は、成人男子の姿だからな。
――『運命の一族の始祖』のみが、此処『魂の奥津城』に出入りできることは、君ももう理解しているだろうが」

「あ、そういやそうだっけ。ん? ……でも、だったら何で、ココにその片瀬初代が居ないワケ?」

納得しかけて、嵐はふと気がついた。
そもそも片瀬初代がこの場に居れば、話はもっと単純だっただろう。

「片瀬の『氏神の社』から、3柱の氏神を天来の社に移す儀式の準備に入っていてな――今、此処に姿を現すことができないのだ」

「成程、交換条件ってワケか。
――つまり、天来に氏神を分社する交換条件として選ばれたのが俺――ってことでイイのかな?
……って、俺って神様三人分?! マジでー?!」

女性の前だとつい見得を張ってしまう嵐だが、さすがにそれは過大評価では無いのかと目を見張る。

「ああ、2柱はどちらかというと、君と炎が幸せな生涯を過ごせたことへのご恩返しのようなものだ。
――まぁ、私も正直……奉納点3万点台の氏神と、君とで釣り合いが取れるのかは少々疑問ではあるがな」

「能力で言うなら間違いなく、炎ちゃんとか遥の方でしょ? 何で俺?」

「『かの神を殴る役割は自分がやる』と君が言っていたのを聞かれてしまってな――それを、片瀬の家で叶えて欲しいと。透の魂を持つ――君に」

「――成程ね……そりゃ、確かに過酷な道程ですコト」

道理で止めようとするわけだ――と、嵐は水月初代に困ったような笑みを返した。

「初代様、もしかして結構過保護だったりする? ――ってか、信用がないなあ、俺。
嵐ちゃんってば、『やるときはやっちゃう子』ですよー?」

「馬鹿者。かわいい子らを、死地に放り込むと解っていて胸を痛めずにすむ母がいる訳が無かろう」

「ありがとう初代様。――その言葉だけで、充分な贈り物だよ」

贈る言葉ではなく、きっと初代の本心なのだろう。嵐にはそれが少し、嬉しかった。

「――嵐。君は決して、ひとりでは無いのだぞ。それを決して、忘れるな」

何やらいたたまれなくなった嵐は、口元に手を遣り、ふいと初代から顔をそらす。

「もし叶うなら、黒蓉ちゃんにゆっといてー。『長く待たせることになっちゃって、マジでゴメン』って」

「断る」

取り付く島も無い切り捨てるような態度に驚いて、俯きかけていた顔をあげると、気丈に微笑む水月の始祖と正面から目が合った。

「『やるときはやる』子なのだろう? 君は。
――細君には、自分の口から伝えるのだな。君の旅した、長い――長い物語を。時間は、幾らでもあるのだから」

「ん。っじゃ、行って来ます! あ、そうだ初代様。アレやって、アレ」

水月の始祖に背を向け、新たな世界に旅立ちかけた嵐は、ふと思い立ったように振りかえる。

握った拳を、初代に向けて差し出す。

「見送りの祝福の言葉は――不要か」

嵐の意図を理解した水月初代は、自らも拳を握り、嵐に応えた。

コツン――拳の上に軽く一回。
コツン――拳の下から、軽く一回。
コツン――拳と拳を正面から、軽く合わせる。
掌を開いて上に――ぱあんと、手と手を打ち鳴らす。

透の魂は再び「嵐」として、水月とも宮城とも違った想い出を得ることになったのだった。

→片瀬家の系譜・番外1 第2幕へ

高羽家青嵐記<幕間>

「こんちはー初代様。ってか、今は俺も『初代』だっけ。はは、何かヘンな感じだなー」

魂の奥津城に再び姿を現した透は、前回女神の元を訪れた時と比べて、漂わせる雰囲気と顔に浮かべる表情――そして何より、特徴的な瞳の色が異なっていた。
瞳の色を隠す為の眼鏡を外した透は、火神の守護の証である、真紅の瞳を持っていた。

しかし、今、彼の瞳は大地の守護を得た者に特徴的な、琥珀色。
その変化が示すのは――情報、すなわち記憶……人格の変化。
今ここにいるのは、透の魂であって透ではない。かつて水月の血族に存在した、同じ面影を宿す魂――嵐。透の過去世。

「可愛い細君を、あまり待たせるものではないだろう? かの神を殴る役割は、私が引き受けても良いのだぞ」

「キャットファイトは勘弁してー! なんつって。……俺の黒蓉ちゃんは、ちゃんと待っててくれっからいーの。
それにさ、『会えない時間に相手を想う』ってのも、イイもんだよ?」

「……本当に、良いんだな。おそらく君は、誰よりつらい思いをすることになるぞ」

「だったら、余計にアンタに任せる訳にはいかないっしょ」

ふう、とため息をつくと、嵐は肩をすくめた。一瞬だけ真顔になるが、すぐに何時もの飄々とした笑みを浮かべて言い直す。

「いや、アンタの性分からして、朱点を巡る因縁に恨みつらみなんて抱かないっしょ?」

「そうだな。……巻き込まれた、数多くの子等の無念を思うと何とか溜飲を下げたいと――思わなくもない。
だが犠牲者を徒に増やすよりは、救える子らを一刻も早く、呪いから解き放ってやりたい」

「ほらね。だからコレは、やっぱ俺がやるべきなんだよ。――それに……もし、ただの他人の空似だったとしても、さ。
俺は……あの女を許すことは出来ない」

生まれ変わることを決め、魂の奥津城から旅立とうとした嵐は――水鏡で次に生まれてくる『始祖の娘』の姿を見てしまった。
自分ではない自分――宮城嵐が、妻にと望んだ女性によく似た面影のある――長い髪を二つに束ねた少女を。

輪廻の中にある全ての魂が通り抜ける『魂の奥津城』から見ていた嵐には、彼女が全く別の魂を持つ、黒蓉とは別の存在であることはわかっていた。
だがそれでも――今後彼女を待ち受ける過酷な運命を思うと、護りたい――傍にいて支えたいと想う気持ちを止められなかった。

始祖と娘では、決して結ばれることはない。
それが解っていても……御室川黒蓉によく似た面影を持つ娘を放っておくことなど、嵐にはどうしても出来なかった。
だから、次なる『運命の一族の始祖』に生まれ変わることを願い出た。

現世の理として、過去世の記憶や人格は余程のことが無い限り、来世で姿を現すことはできない。

滅多に見せない、彼の本気の決意を見て取り、もうひとりの『運命の一族の始祖』も心を決めた。

「わかった。では、水月の始祖として最後の禁術を君に施そう。――我が血脈に宿りて、異なる未来を旅した、嵐の魂の記憶よ。
今ここに、高羽透の魂への回帰を果たせ――」

水月家の始祖が詠唱を終わると同時に、ふわふわと漂っていた蛍火が、半透明になった透に溶け込んだ。

「……あったかいな。本当に、幸せに過ごさせてもらったんだな――異国での俺は」

かつて、水月嵐であった頃に……この『魂の奥津城』で始祖の水鏡を通じて、異国で過ごす自分の姿を垣間見たことが何度もあった。
けれど、ただ「見ている」のと、追体験として実際に自分の経験として知るのとでは、記憶の重みや厚みが全く違う。

「あーあ。常世の記憶は現世に持っては行けない……かぁ。切ないよねえ――でも、さ」

嵐の姿が、だんだん朧になっていく。
現世での透が、眠りから覚めようとしているのだ。

「これでイイんだよな。――あの子は……忍ちゃんは、忍ちゃんなんだから」

魂に刻まれた、誰かを本気で愛した記憶。残っていた、心残りやわだかまりを解くことが出来た記憶。それはきっと、心の奥底で今生での透を支える力になるだろう。

嵐――今は透だが――の魂が現世へと戻り、魂の奥津城には水月の始祖がひとり残された。

「まったく、世話の焼ける。――これでは私も、高羽の物語が幕を閉じるまで、生まれ変わることが出来ないではないか」

生きていた頃は生きていた頃で、地上の一族や街の住民や、果ては天界までもかき回してくれた、その名の通り嵐のような子供だった。
死んだら死んだで、今度は『運命の一族の始祖になる』と言って聞かない。
いっそ氏神にでも祀って神に封じてやろうか――と、思わないでは無かったが、『惚れた女に会えなくなるからそれだけは絶対に嫌だ』と泣きつかれた。

(やれやれ。私は、娘たちだけでなく――息子たちにも、弱いか)

そして幕間の時間は終わり――再び、物語は現世の高羽透により語られる。

 

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高羽家青嵐記・壱

――目覚めなさい。

女神の声に呼ばれ、目を開くと、俺の目の前には四人の女――いや、此処が天界であることからして、おそらくは四柱の女神。
朱点の呪いにより、俺には常人の何十倍もの速さで成長する「短命」と、神の血を持つ者との間にしか子を成す事ができない「種絶」が科せられたことを知らされた。

(ソレ、おかしく無いか? あの赤鬼が言うてたんは『父ちゃんと母ちゃんの分まで長生きするんだゼ』――寿命のことしか、言うてへんやろ)

短命の呪いが有る以上、放っておくだけで俺はすぐに死ぬ。
つまり、大江山の赤鬼にとって、脅威でもなんでもない。

それなのに――強大な神の力を血脈に取り入れる――つまり手間隙掛けて強敵をつくるようなことをする必要が、どこにある?
女神の声はさらに告げる――目の前の四柱の中から、最初の子の――母となる者を選べと。

「断る」

斬って捨てるような言葉に、女神達は揃って困惑の表情を浮かべた。

「何でわざわざ、呪われた者を増やす必要があんねん。そんな厄介な呪い貰うのなんざ、僕ひとりでエエやろが」

四柱の女神の後ろに立つ、光輝そのもののような眩い存在から目を逸らさず、俺はさらに言葉を続ける。

「子を為せっちゅーことは、その子にも呪いを引き継がす、っちゅーこととちゃうんかい」
「皆、下がりなさい」

一段高い所から眩い光輝の女神が命じると、四柱の女神も、周りにいた天仙も全て退出した。

「あんたが――太照天」

光輝は白妙の衣を纏い、髪に花飾りをあしらった、冷徹な表情を浮かべる女性の姿になった。年の頃は、二十二、三ぐらいだろうか。
俺の本当の母だという、お輪にどこか面影が似ている。そして――琥珀の瞳。

(――間違いない。俺はこの女――いや、この気配……威圧感に会うた事がある。昨日今日の話やない……もっと前や)

「たった二年。そのわずかな時間で、ご自分ひとりのみで朱点を倒せると、本気でお思いか」
「やってみせる」
「人は儚く、脆い。不測の事態で貴方が命を落とせば、全てが泡沫と消えるのですよ」
「つまり、俺に子を為せっちゅーんは、そっちの都合ってことやろ。保険のためにな」

何故天界は、俺にだけ手を差し伸べた。
大江山で命を落とした武士など、それこそ掃いて捨てるほど居るというのに。

先刻『希望はあなたの血の中に』と女神は言った。
そして、女神の顔を見て、疑念は確信に変わる。
血は、母から伝えられるもの。そしてどこかお輪に面影の似た女神、太照天昼子。――鍵を握っているのは『お輪』だ。
おそらく、お輪の血を受け継ぐものでなければ――朱点童子を倒すことは適わないのだ。

「――神と人が交わると、稀に両親を越える力を持った御子が生まれる。それが、朱点童子」

先に沈黙を破ったのは女神だった。

「今、私からお教えできるのは、これだけ。朱点童子を倒せるのは、朱点童子のみなのです――だから貴方には、子を為して貰わねばならない。女神との間に、子を」

そう言いながら、女神――太照天昼子は自らの衣に手をかけた。

「そこまでや。――まったく……体の張りどころを知っとる女は、厄介やの」

衣を脱ごうとした手を止めさせる為に、掴んだ手首を離す。

「では、あの四柱の中から、最初の子の母となる者を選んで頂けますね」
「――飛天ノ舞子」

家に送ると言っていた武具の中に、風の加護を受けた薙刀があった。
生き残る為に、少しでも有利に働く相手を。ただ、それだけのこと。

「おめでとう。かわいい女の子ですよ。この子に、名を」

時間の流れが曖昧な中、授かった子は女の子だった。
ぱっちりとした瞳は、殆ど常人の黒と変わらないほどの――深い藍色。

(――俺に似ぃひんで、ホンマに良かった)
「名は、『忍』。しのぶちゃんや。そう呼んだって」

赤子に武器は持たせられない。巻物や指南書も読ませることは出来ない。
だから俺は、子が赤子から幼子になるまでのわずかな間に、鬼を狩るために戦う力を身につける必要があった。
そして娘――忍は、天仙に育てられることになった。

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→高羽家青嵐記・幕間

紅蓮の親子

その日、R水月家は浮き足立っていた。

かつての問題児・嵐の悪行がきっかけとなり、縁結びの神社に詣でたご利益で、このたび目出度く当家に養子を迎える運びとなったのだ。
もっとも、神社に縁結びを願った嵐本人は既に他界し、この場に居ない。

「むさっ苦しくて死んじゃいそー。ああ神様、男ばかりのあばら屋に、どうか可愛い女の子を! 可憐な天使を我が家にお授けください」
と、足繁く通った嵐の願いも空しく、彼の存命中に授かったのは男児ばかりだった。
弓使いの跡取りとしては『剛鉄弓を活かしたい』とも言っていた希望が叶ったので、これはこれでよかったのかもしれない。

しかし、問題は家訓の方である。

『鹿島様の席次を上げよ』――男ばかりの家では、かの男神を交神の儀に降ろすわけにもいかず、いまだかの神の席次は4代前の当主・咲羅の代から変わり無しだった。

そこでこの度、他家から新しい血の力を当家に加える強化も兼ねて、養子縁組をすることになったのだった。

「当主様と遥(ハル)君は、養子に来る子の顔、見たんだよね? オレと同い年なんだろ? かわいい?」
「ああ、うん。元気いっぱいの、当主様みたいな紅蓮の髪色がきれいな女の子だよ」

髪の色が自慢だというだけあって、遥は相手を褒める時も、目がいくのは髪らしい。
最年少の哀(アイ)は、妹ができると大喜びだ。

来月には、もうひとり……先々月の交神の儀で授かった子供が家にやってくることになっている。

「こら、サボってないでしっかり掃除しなさい。遠い異国からはるばる旅をしてきてくれるのだから、失礼のないようにお迎えしなくては」
「そうだぞ。男所帯の埃まみれを許容してきた、これまでとは訳が違うのだからな」

炎がやんわり息子を窘めるが、ハタキを片手に持った初代が後ろから顔を出すと、思わず皆は背筋を正す。

二つの呪いをその身に受けた一族の始祖。
とうの昔(といっても、京の街の人間からすればほんの数年前の出来事に過ぎないが)に天に召されているのだが、
他の者と違い、一族の始祖として生を受けた者は……あの世へ旅立つことも、生まれ変わることもできないらしい。
始祖本人が、あまりにあっけからんとしているので、一族の皆もそう深刻に捉えなくて済んでいる。

始祖曰く「早い話が『成仏できずフラフラしている暇な先祖』というわけだ」とのことだが、きっと何か事情があるのだろう。
本人の言を信じるなら『暇だから』ということで、初代は一族の祝いの席や葬儀など、節目の出来事には必ず顔を出していた。
そして今日も、例に漏れず、養子縁組の成立を祝う宴の準備を手伝っているのだった。

「可愛い子らの晴れの日は祝ってやりたいからな。縁組や結魂が決まったときは、私からも祝いの言葉を贈らせてくれ」

以前、嵐と炎を養子に出したときと同じように、遥もまた、初代の祝いの言葉を胸に旅立った。
――もっとも、遥の場合は「目の前で分身を作りだす」という度肝を抜かれる出来事がついてきたのだが。

嵐たちを送り出したときと違い、そこそこ時間が経っているはずなのに体が透けない所をみると、
どうやら分身を作り出すのは初代にとってさして負担になる術ではないらしい。

遠き異国――矢楽家に旅立ったのは分身の方の遥なので、こうして遥は変わらずここにいるというわけだ。

「当主様、養子ってどんなカンジなのかな?」
「そうだな……おれは、嵐ちゃんと違って生きとるから、『魂の奥津城』へ行く事はできひん。知りようが無いわ」
「ふうん、そうなんだー。っていうか、当主様、言葉」
「うわー! 紅音ちゃんが来たときドン引きされんように、気ぃつけとかんとなぁ」

当主に指名されたとき、嵐に言葉遣いを改めるように指摘されて以来、極力きちんとした口調を心がけているのだが、
炎はごくまれに、京の下町というよりは浪速のあたりに近い訛りが出てしまう。
前世が関係しているらしいが――本当のところどうなのかは、神のみぞ知るところだろう。

遥に指摘され、がしがしと髪を掻きながら、炎はふと玄関を見遣る。
イツ花が慌てて駆けていくところを見ると、どうやら待ち人が来たらしい。

張り切る初代の手伝いもあり、ピカピカに磨き上げられた家。
朝からイツ花と、浪・雹が腕を振るってくれたお陰で、歓迎の肴も準備が出来たようだ。

「紅音(アカネ)と申します。この命果てるまで、R水月家のために働かせていただきます!!」
「なんと……愛らしい……!」
「わあ、可愛い。うちは男ばっかだから、紅音ちゃんみたいな元気な妹ができて嬉しいな。これからよろしくね」
「紅音さん、これからよろしくお願いしますね。こちらは哀。私の息子ですから、紅音さんとは兄弟になりますね。仲良くしてやってください」
「うん! あたしも弟ができて嬉しいな!」
「え、オレが弟なのか?!」

妹が欲しかった哀は、ほんの少しだけガッカリしているようだが、紅音が嬉しそうにしているので、紅音が姉・哀が弟ということで当家の序列は決まった。

「ごめんね、紅音ちゃん。見ての通り、うちは男所帯だから色々と至らないこともあると思うけど……何か困ったことがあったら、イツ花ちゃんでも初代様でも、遠慮なく呼び出してくれて良いからね」

口調はやんわりしているものの、忌憚無い物言いは、海から浪にしっかり受け継がれてしまったらしい。
もっとも、初代本人は全く気にしていないどころか、久々の女子の来訪で蔵の着物が活かせると大喜びしている。

「おっといけない、忘れる所だった。紅音、遥、こちらへ」

初代に手招きされ、二人が近寄ると、初代は小さな守り鈴を取り出した。

「神社の守り鈴なんだが、巫女さんに『お子様にお渡し下さい』と言われたんだが、どちらも可愛くて私には決めかねてな。
どの形を選ぶか、君たちが決めてくれないか?」

守り鈴は、金に羽をあしらった揃いの福鈴と、男性用と女性用で意匠の異なる鈴の二種類があった。

「わ、可愛いね。これ、僕たちが貰っていいの?」
「わあ、可愛い! どうしようかな。すずらんの形も可愛いけど、それだと遥にいちゃんのは形違うんだよね?」
「そうだねー。紅音ちゃんとお揃いにするなら、こっちの羽の付いたのも良いんじゃないかなあ? 羽って、元気いっぱいな紅音ちゃんによく似合うと思うよ」

お揃いにしなくてはいけないという決まりがあるわけではないので、紅音にすずらん鈴、遥に男性用の銀鈴でも良かったのだが、せっかくのご縁だから……と、遥は紅音とお揃いの羽をあしらった神鈴を選んだ。
初代から受け取った鈴を、遥は紅音の髪に編みこみ、自分の分は帯に留める。
嵐と違い、髪飾りをつける習慣のない遥にとっては肌身離さず身に着けるには、帯止めの方が向いている。
鈴を渡したところで、初代はまた常世の国へと帰って行った。

新しく一族の子供を迎え入れたときの慣わしで、一同はぞろぞろと連れ立ってなじみの幻灯屋へと向かった。
ほぼ真ん中に炎。右隣に遥、浪、雹。紅音の隣は皆が並びたがったが、ここは当主と義兄弟の哀が並ぶことになった。
今は十一月だが、待望の女の子を迎えたお祝いも兼ねて、少々値は張るがかわいらしい薄桃の「ひなまつり」枠を選ぶ。

「はいどうぞ。紅音ちゃんの分」

幻灯は何枚かまとめて刷られるしくみなので、記録として残す分と、当主が手記に貼る分の他に、記念撮影した一族の皆にも一枚ずつ配られることになっている。

「うわあ! イケメン!! イケパラー!!」
「い、池?」

帰宅して、出来上がった幻灯を箱に収めようとしていた炎の手元を見て、紅音がキラキラと目を輝かせている。
よくわからないが、以前撮った幻灯が気に入ったらしい。
先々代の当主・侑は、幻灯を墓に持っていく性分では無かったので、生前侑が持っていた幻灯が一枚余っていた。

「こんなもので良ければ、紅音さんにも一枚差し上げましょうか?」
「本当? わーい! ありがとう、当主様!!」
(……かわいいなぁ。嵐ちゃんにも、会わせてあげたかったな)

まだ少し、お互いぎこちないけれど。
いつか自分と紅音も、嵐と遥のような親子になれれば……と願う。

元気いっぱいで、溌剌とした笑顔の似合う養女を前に、来月から来る浪の子供とともに、強くまっすぐに育ってくれれば良い――と、炎は思った。

高羽家青嵐記<序>

「透。気ィついとるかもしれへんけどな。お前のホンマのお父ちゃんとお母ちゃんは別におんねん。
ワシが昔世話になったお侍さんでな。大江山で亡くならはった、源太さんや。今日、神さんとっから迎えがくるから、詳しいことはそっちで聞きや」

「……は? 何やそれ」

自分でも間抜けな答えだと思う。
鏡を見ていたわけではないが、きっとこのときの俺はさぞ間の抜けた表情をしていたことだろう。
俺には母親が居ない。
いや、居なかった……と言う方が正しい。つい先日、親父は嫁取りが決まったのだから。

俺だけでなく、朱点童子の襲撃で荒れ放題の京の街で、二親揃って健在な子供の方が珍しい。

商家に奉公に来た父がいるお陰で、俺は大江山の鬼の襲撃後冬を越せた『幸運な餓鬼』の中に入るわけだ。
そして、小さいながらも暖簾分けを許された父――今、俺の目の前に座っている、肌の浅黒い短髪の男だ――息子の俺が言うのもなんだが、とても俺のような大きな子供が居る年齢には見えない――の言葉に、俺は動揺すると同時に(ああ、やっぱり)とどこか納得して居たのもまた、事実なのだった。

顔立ちがどう――という訳ではない。
何時だったか、寺子屋で隣に座っていたクソガキと喧嘩して以来、俺は家の外に出るときはずっと、親父が買ってきてくれた、破璃の眼鏡をかけるようにしている。
別段、視力に問題があるわけではない。

問題があるのは――瞳の色だ。
夕暮れの赤よりも、もっと赤い――不吉さを思わせる、血のように鮮やかな真紅。
こんな瞳の色の人間、都のどこを探したっていやしない。
都を襲った『鬼』が冠するのと同じ「朱」。

瀬戸内の『鬼が島』から、はるばる海を渡って大阪まで奉公に出てきた親父は、瞳の色がどうだとか、そんな些細な事を気にする人ではない。

ただ――寺子屋から帰ってきたときの俺は、酷く頬を腫らして、着物もあちこち破れていた。
その有様を見て、揉め事のもとになるならば……と気を遣って、「瞳の色を隠すことができるように」と、職人に頼んで誂えてくれた一点ものを贈ってくれたのだ。
眼鏡をくれてから、1ヶ月ぐらいの間、親父は晩酌をしていなかった。だから俺も、寺子屋で喧嘩を吹っかけられても相手にしなくなった。

もっとも、眼鏡をかけていると、俺の瞳は真紅ではなく……明るい光の元では鳶色、室内だと焦茶ぐらいまで落ち着いた色合いに見える。
だからなのか、瞳の色をからかわれることはほぼ、無くなっていた。

大店に奉公に出て、読み書き算盤を習う人間の中には、俺のように眼鏡をかけている者も珍しくない。
だから、俺もこのまま――大きくなったら親父の跡を継ぐのだと、そう……思っていた。

「親父が……俺の、ホンマのお父ちゃんや無い言うんは、気ィついとったよ。
だって、俺のこの瞳。こんな色の瞳をした人間、他にどこ探してもいてへんやんか。――けど、神さんがどうとか、大江山がどうとか急に言われても、ワケわからんわ」

「すまん、透。――お前が、刀を持てる位の大きさになるまでは、普通の子として暮らさせて欲しい……これが、お前のホンマのお母ちゃんの願いでな」

「ホンマの、お母ちゃん……?」

「許してくれ。源太はんと、お輪はんのおふたりが、生まれたばかりのお前を俺に預けて、大江山に登らはった日のことは――昨日のことみたいに覚えとる。
粉雪の舞う日でな。寒いけん、風邪を引いたら大事やと思って、火鉢を取りに行こうとほんの少し目を離した隙に……お前は鬼に攫われてしもたんや」

ずきり、と鈍い痛みとともに、俺の脳裏に朧な映像が浮かび上がる。

粉雪の舞う中、雪深い山道をひたすら進む一組の男女。
大猿の姿をした鬼を倒し、二人が辿り着いたのは、鬼の首魁・朱点童子の寝所。

「――透、大丈夫か?!」

「大丈夫や。ちょっと、眩暈がしただけやから……それより」

さっき見えた映像が、赤子の頃の俺の記憶だと言うのなら。
あの、赤鬼の『おまじない』を受けた赤子こそが、俺で。

「――そっか。誰かがやらな、アカンねんな。
俺が『嫌や』言うたら、親父もオカンも、友達もみんな。朱点に襲われて死んでまうんやな。――せやったら、しゃーないな、やったるわ」

ははっと、笑いながら告げる俺に、心底辛そうな表情で、親父は頭を下げた。

「――透。俺はな、ホンマはお前に、鬼退治なんかより……この店継いで欲しいって、思ってたんや。
言わな、いつかホンマの事を言わなアカンって……思っとったんじゃがの」

言えなかった――と、噛み締める様に吐き出す親父に、俺はただ「頭を上げてくれ」としか言えない。

「なあ親父。ホンマのお父ちゃんがその――源太さんやったとしても。俺にとっての親父はひとりしかおらん。だから、そんな風に謝らんとってや」

 

かくして俺――運命の一族の始祖・高羽透は、地上での平和な生活に別れを告げた。
悔いは無い。
魂の奥津城で出会った、水浅葱の髪に金の瞳を持つ剣士――あの人に出来たことが、俺に出来なくてどうする。

 

 

(神さんからの迎えって、どんなんやねん!)

人間は、神の世界に入れない。神もまた、人の世界に入れない。
俺が直接見たわけではないが、何年も前、お店に奉公に着たばかりの親父は、大江山に向けて雲の上を進む、神の行列を見たことがあると話して聞かせてくれたことがある。
何十という神が、大江山の鬼を倒す為に進軍したのだと。
ただ――天界最高位の女神・太照天をもってしても、倒すことが叶わなかった強敵――それが、鬼を束ねる『朱点童子』。
それ以来、何人もの猛者が大江山に挑むが、朱点の元まで辿り着けたものは居なかった。
――俺の、本当の両親だという、源太・お輪を除いて。

親父に言われたとおり、俺は一軒の武家屋敷の前に来ていた。
武家屋敷と言っても、この荒れ放題の都の中にあるのだ。なんとか人が住める程度の、いわゆる「あばら屋」である。

いちおう自分の生家らしいので、「ごめんください」もどうかと声を掛けるのを躊躇っていると、いきなり玄関の前の空間が渦を巻くようにぐにゃりと揺れた。
歪みの向こうから聴こえるのは……どこかで聞いたような覚えの有る、よく通る――少年の、不思議な響きを持った声。

「――来たな。君が、この世界の『運命の一族の始祖』か。さあ、私の手をとれ。女神の元に、案内しよう」

差し出された手を取ると、俺は何も無い、天も地もわからない、不思議な空間に取り込まれていた。
目の前に立つ、藍と水の戦装束を纏った人物を見て「あ!」と、無意識のうちに口から声が漏れていた。

「――あんた、誰や? いや、どっかで会うたような……アカン、思い出されへん」

腰まで届く、長い水浅葱の髪。ぱっちりとした大きな目。しかし何よりも印象的なのは、琥珀を思わせる金色の瞳。
こんな色合いの瞳を持った人間が、俺の他にもいたなんて。
声だけ聞いていたときは、てっきり男かと思った――が、こうして顔を見ると目の前の人物が女性であると、はっきりと判る。
首の後ろで束ねただけの飾り気の無い髪型は、戦装束の鎧とあいまって、凛とした彼女の雰囲気にとてもよく似合っていた。

(こんな目立つ相手、いっぺん会うてたら絶対忘れるはず、無いんやけどなぁ。……つーか、銀髪金目の女侍なんて、絶対耳に入るはずや)

「此処は、『魂の奥津城』――天と地の狭間にある、神でも人でもない者が通ることの出来る、特殊な『場』だ。これから、女神に会って、君の事情を説明してもらうわけだが」

金目の女は、俺の疑問に応えるかのように真正面から俺の視線を受け止めると、何故か一瞬――言いよどむように、言葉を切った。

「今なら、引き返すことも出来る。――君ではなく、他の魂に始祖の役割を任せることもできるのだぞ?」

どこで会ったのか、全く思い出せないが……どうやら、俺の勘違いではないらしい。この女は、確かに俺を――知っている。

「いや、俺がやる」
「そうか――君と、君の一族に祝福あれ」

手を出せという言葉に従って、握手でもするのかと差し出すと、「違う、こうだ」と拳を握らされた。
コツン――俺の拳の上に軽く一回。
コツン――拳の下から、軽く一回。
コツン――拳と拳を正面から、軽く合わせる。
掌を開いて上に――ぱあんと、手と手を打ち鳴らす。

そして俺は、こことは別の運命を歩む『一族の始祖』に別れを告げた。

 

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養子・分社・結魂についてのうちでの設定

養子

パラレル世界での自分。
嵐が100質で語ってる、「未来は決まっていない」が私の考えだと思ってください(笑)
つまり、非決定論の世界で並行世界(パラレルワールド)が存在します。
あ、完全ノーリセ貫けたら、そのプレイ記とったおうちは「決定論」の世界になりますね。

実家の面子は、養子先での人生は、実家で存命中のうちは見ることが出来ない。
死後「魂の奥津城」にいるわずかな間だけ、初代の禁術により水鏡を通じて見ることが出来る。

※嵐は、転生後が初代なので、初代高羽透が現世で眠っている間だけ、魂が「魂の奥津城」に戻ってきて、宮城嵐の人生を垣間見ることができる。
が、眠っている間に見た記憶(=夢)なので、目を覚ますと忘れてしまう。
R水月嵐の記憶は、魂に刻まれた自分自身の記憶なので、忘れているわけではないが、はっきりと思い出すことは出来ない。

※非決定論=「未来は決まっていない」という考え方。全ては選択によって変動する。
オンリーワンは存在しないが、変わりに不動のナンバーワンも存在しえない。
嵐いわく「下克上スピリッツに溢れた素敵な世界」

※決定論=ジグゾーパズルをイメージするとわかりやすい。
「未来も過去も、歴史は全て確定している。つまり、起きたことは変えられないし、起きないと決まっていない事件は絶対発生しないし、
起きると決まっている悲劇はどうやっても絶対防げない」
誰しもがオンリーワンであるが、かわりにナンバーワン以外は誰もナンバーワンになれない世界。

※魂の奥津城(たましいのおくつき)
天と地の狭間にある、輪廻転生の間にある魂たちの居場所。各家の初代当主のみ、生前からこの場所に出入りすることが出来ます。
初代当主のみ、死後この場所にとどまり、旅立つ一族を見送ります。つまり、初代当主に生まれた者は、悲願達成まで転生できません。一族を影から見守ります。
別名「初代専用のあの世屋敷」(笑)
転生を決めた魂は、ここから旅立ち、生まれ変わりの旅の途中、暗い道をずっとてくてく歩いてるイメージ。
いわゆる「あの世」(?)で、基本的に何も無いさみしーい空間です。黄泉の旅路ともいう。
墓前や仏壇に献花されれば花びらとなって降り注ぎ、故人の魂の旅路を彩り心を癒し、水や食物などのお供えは喉の渇きや空腹感を解消します。

生まれ変わり

基本、別の世界(苗字の違う、周回別の家)に転生する。
無印鷹羽(高千穂)での氏神・当主就任者は悲願達成まで輪廻の輪から外れ、転生できない。
鬼神の場合は、さらに『神社での神格を失う』ことが転生の条件になるので、今のところ氷雨・藍晶は転生できないまま。
実は15代・雪の時点で地獄に行くことも可能だったのだが、藍晶の願いを知った娘たちに懇願され、八代当主の魂を魔槍の契約から解き放つことを選択。

鷹羽黎翠(17代当主)の手により悲願達成がなされたあと、『麗しの君』、『鬼姫』、『六地蔵の君』、『時雨』の4柱の鬼神は転生を果たす。
藍晶と氷雨の魂は、特殊な状況により損傷が激しく休養が必要な為、すぐに転生することが出来ず、
今も「鷹羽家の御霊よ神社」でひっそり京の都を見守っている。

京の人たちの信仰心に魂が縛られているのもあるが、どちらかというと「転生に必要な活力が魂から失われている」という理由が大きい。
(魂の奥津城に顔を出すことはできるけど、黄泉の旅路を歩む行程にまだ耐えられないので旅立てない=転生できない)

生まれ変わりの設定がある人物

鷹羽日柳→R水月炎(前世の記憶無し。炎は自分の前世は「芸人」だと思っている。ときどきエセ関西弁がでちゃうのは「前世が芸人」だから)
R水月嵐→高羽透(宮城家での輝かしい思い出は欠落。R水月家での悪行の数々は朧に残っているため商才に優れる)
※ただし、嵐と透は性格が大幅に違います。透は嵐以上に自分の心情を吐露しません。
ドライな嵐と違ってクールなタイプなので、表面上落ち着いて見えてても実は「熱血」です(笑)

生まれ変わり確定ではないけど、もしかしたら? な可能性
無印高千穂初代とR水月蓮。
言動見ている限り、透架と蓮は似てないのですが、透架が湧流に対して持ってた情を考えると、
「今度こそ近くに居られるように」と世代近く生まれてきたと考えられなくは無いかも。いや鷹羽湧流とR水月初代は別人なんだけど。

生まれ変わり番外・他人の空似(同じ顔グラだけど全くの別人)

鷹羽初代とR水月初代→顔が似てるだけ。鷹羽初代(というか鷹羽一族自体が)は、人間というより神様に近い肉体構造。精神構造も特殊。
鷹羽初代は仙。R水月初代は普通の人間。

鷹羽藍晶とR水月嵐→上に同じく、他人の空似。
鷹羽藍晶は、「鷹羽直系のある人物に憧れて、『同じ時を歩みたい』と願い、『自ら短命の呪い』を受けた者(七瀬)の子孫」。
つまり、実は七瀬家の人間には「血によって他の人間を鬼に変じる」ほどの神力はない。R水月一族と同じくらいに「普通の人間」。
ただし、藍晶は一度死にかけた際、鷹羽当主の血によって一命をとりとめ、以来吸血衝動に悩まされている。
嵐と藍晶は、体のつくり的には近いけど、中身の魂が違うので全くの別人。髪の色が近い(=藍晶のスキルと、嵐の考え方のクセが似ている)だけ。
性格的に、嵐(透)=経済に対して関心と才能があるので相場が得意、藍晶=天運と人脈に恵まれ、勝負事に強い。

分社

養子と違い、コピーを造りだすというよりは、拠代となる鏡か剣か宝玉を分社先のご一族に渡すカンジ。
氏神は、天界の中にある氏神専用の社の中で暮らしている。(※無印高千穂の氏神のみ、外部との接触不可の絶対禁域に社がある)
分社されたご一族の拠り代に毎日降りる(顔を出しに行く)かどうかは、その氏神の性格と状況による。

結魂

氏神になると「指名を断れない」「惚れた相手以外とも『交神の儀』を行わなくてはいけない」ため、一族間恋愛ならこっちの方が幸せかも(笑)
RはPSP2台あれば、同一苗字での結魂・分社・養子縁組が出来てしまいますから。
それはさておき、うちでの設定。
「奉納点を必要としない」「時間経過が無い」ところからして、私は勝手に「ターミネーターの恋」を想像してます。
「たった一日しか一緒にいなかったのに、今でもママは好きなんだ」というアレですね。
行為は、実はナシの設定です(すみません!)
いや、肌を触れ合わせようと思えば出来なくは無いので、本人達の自由なんですが。
(したかしてないか訊くのは野暮というモンなので、誰と誰がどう……というのは、私の口からは語らずにおきます)

儀式に必要なのは、「魂の絆」なので、自分の心の傷とか弱いところとか、相手に全部さらけ出さなくてはいけないので……ある意味、行為ありの交神の儀よりハード。

なので実は、結魂の儀に望む前に、縁組が決まった段階で両家の当事者は頻繁に儀式用神鷹門を通じて頻繁に行き来するようになります。
ただし、自分ち以外のおうちの歴史に干渉できては困るので、討伐行くことは出来ません。
神鷹門を通過した時点で戦闘力を根こそぎ奪う特殊な腕輪(ファイブ○ターの『パラライズワーム』をイメージしてください)を強制装着されてしまうので、
万一、こちらの世界で街を歩いていて絡まれたら、うちに来ている場合はうちの子が全力で他所様のご子息やご令嬢を守ります。
屋敷の外には出られるのでプリクラとったりお買い物行ったりという、いわゆるデート(笑)は出来ますが、
討伐は危ないので当主と昼子様の許可がおりません。

番外・鷹羽家の御霊よ神社

八代当主・氷雨の没後、京の人たちにより建てられた神社。
一族のみが入ることが出来る「鬼神のほこら」は、戦闘に耐えうる特殊空間で、条件を満たせば『鬼神として封じられた』先祖と戦うことが出来ます(=鬼神チャレンジ)。
訓練というか手合わせ。稽古をつけてくれるイメージ。
鷹羽家は、京の人たちにとって信仰の対象になっているので、死後勝手に祀られることがあります。
当主就任者は転生できないため、「信仰の対象になり、かつ当主就任者である」という条件を満たしたものは魂を神社に縛られ、悲願達成の日まで眠ることも出来ません。
(注:街の人たちや当主以外の一族は『当主になると生まれ変われなくなる』ことを知らないため、悪気は全くありません。
知ってたらむしろ、氷雨は祀られてない程度には人望があるというか、京の人たちと良好な関係を築けていました)

例外として、伊緒は当主就任者ではありませんが、特徴的な外見(女27角娘・銀髪黒褐色肌青瞳のダークエルフカラー)から信仰心が集まりすぎた為に鬼神となりました。