異説・片瀬家の系譜<番外1>

無限空間の黒。
天も地もわからない空間に、巨大な水鏡が設えられている。
水鏡の前に立つのは、水浅葱色の髪に琥珀の瞳を持つ――運命の一族の始祖。

「嵐。いるのだろう? すまないが手を貸してくれ。君の力が必要なんだ」

「はいはい居ますよー。……で、何ですか初代様ー?」

りん、という鈴の音と共に、深緑の髪に羽飾りをあしらった青年がどこからともなく姿を現す。

「俺が此処にこうしている間、透ちゃんてばスヤスヤ寝こけちゃってるワケでー。
こんな頻繁に、俺を呼び出してて大丈夫なの? 初代様」

魂の奥津城に、生きている者は出入りすることが出来ない。
高羽透の命数は未だ尽きて居ないので、この場所に現れるとき――透は必然的に「嵐」になってしまう。

「問題ない。我々の体感として時の流れがあるように感じるだけで、現世での時間は止まっている」
「成程。……ってか、俺さぁ? 今更だけど、アンタのこと尊敬しちゃうなー。そんな過酷な役目、よく引き受けたよね」

永劫にも感じられる時を、血を分けた子らを何度も何度も見送るなど正気の沙汰では無い――と嵐は評する。

「……だから私は選んだのだよ。人ではない、永劫の時を生きる者を――共犯者としてな」

目を伏せ、穏やかな静謐をたたえた表情の水月初代を見て、反射的に嵐は「しまった」という表情を浮かべる。
が、水月初代が再び視線を戻す前に、表情を取り繕うのは忘れてはいなかった。

「――私のことは良い、本題に入るぞ。
すまない嵐、君にはまた異国を旅して貰わねばならんのだ」

「嫌だなーって言ったら、どうなっちゃうのかナー?」

「君が本気で嫌なら、無理強いはしない。
私が先方に断りを入れれば済む話だからな――ただ」

水月初代は妙に歯切れが悪い。
短い付き合いでは無くなって、嵐にもなんとなく予想がついてしまった。

「天来の娘たちが、嘆き悲しむことになるだろう」

「はー……しょうがないなあ。
可愛い女の子のためなら断れませんー! で、今度はドコに行けばいいワケ?」

「片瀬の家に。――きついぞ」

「あんたがそう言うってコトは、よっぽど過酷なんだろうねー。……片瀬初代って、美人?」

「いや、男だ。面影は……そうだな。君と生前とても仲の良かった、侑に似ている」

「やっぱ断ってイイ?」

運命の神様というものが居るのなら、洒落が強すぎていっそ悪意すら感じる。
が、此処まで来ると逆に笑えてくる――と嵐は苦笑した。

「――すまんな、凛音殿。我が力及ばず、君の一族の助けになること、叶わず……だ」

嵐と向き合い、背を向けたまま呼びかける水月初代の言葉に応えるかのように、水鏡の水面が揺れる。

「いえ、良いんです。
――三つ目の呪いを回避する方法は、既に見つけてありますから」

鏡の向こうから響くのは、少年独特の高く済んだ声。
水月初代が鏡の真正面に立っているので、衝立のようになって、嵐には少年の顔を見ることが出来ない。

「三つ目の呪いって何だよ。そんなモノがあるなんて俺、聞いてないぜ」

「我々の一族には無かった呪いだ。
君が知らないのも無理はない――天来の家ではな、『男児は全て、生まれて一月も生きることが出来ない』のだよ」

「私は、天の助けにより一年と数ヶ月の命を得ました。
しかし――男にしか効力の無い呪いなら、女児のみを授かるように交神の儀を執り行えばよいのです。
ただ……それだけのこと」

「そんなことが可能なのか?」

「あ、こら! 嵐――凛音殿の顔を見るな」

色々と衝撃が大きすぎて、嵐の口調から軽口を叩くだけの余裕が消えている。
思わず身を乗り出して、水鏡の向こうに居る凛音に近づこうとして、水月の初代に阻まれそうになる――が。

水月初代の制止は僅かに間に合わず、嵐はしっかりと『異国の始祖』の顔を見てしまった。
現れた面影を見て、嵐は零れ落ちそうなくらいに目を見開く。

「遥?!」

「嵐殿、ですね? お初にお目にかかります。
私の名は『天来凛音(アマキ リンネ)』。あなた方と異なる国の、運命の一族の始祖……です」

金糸雀色の髪に向日葵色の瞳を持つ少年――異国の『運命の一族の始祖』だという少年は、嵐にとって、侑以上に縁の深い面影を宿していた。
ふわふわとした少し癖のある髪を、切りっ放しにしたような髪型に、ぱっちりというよりはくりっとした目が印象的な、愛らしい少年。
嵐によく似た、風の守護が現れた髪色が自慢だと言っていた息子――遥に、生き写しだった。

「――初代様……だから、『凛音さんの顔を見るな』って、言ったんだな」

他人だとわかっていても、黒蓉によく似た面影のある忍を見捨てられなかったように。
凛音の面影に遥を見出してしまえば――同じように、嵐は凛音を見捨てられる筈が無い。
ならば最初から、凛音を使えば嵐に頼みを聞かせることなど容易い――しかし、水月初代はそれをしなかった。

「はは、何つーか……俺も遥も、よくよく『養子縁組』に縁があるのな」

水月家で嵐がその生涯を閉じた後、是非にと望まれて遥は異国へと渡った。
美しく強い姉達や、元気いっぱいの可愛い妹に囲まれて、異国の遥も幸せそうだった。
水月の家も、養女に迎えた紅音が呼び水となったのか……今では念願の女児に恵まれている。
覚悟を決めた嵐は、水月初代の琥珀の瞳を正面から受け止めた。

「行くよ、片瀬の家に。――でもその前に、いっこ訊いてもイイ?」
「何だ?」
「片瀬の初代サマは、何で俺をお望みなワケ? 悪いケド俺、男相手にどうこう……は正直御免被りたいな」

恐る恐る、といった面持ちで問う嵐に、心配するなと水月初代は微笑んだ。

「稚児というわけではないから安心していい。今回送り出す君は、成人男子の姿だからな。
――『運命の一族の始祖』のみが、此処『魂の奥津城』に出入りできることは、君ももう理解しているだろうが」

「あ、そういやそうだっけ。ん? ……でも、だったら何で、ココにその片瀬初代が居ないワケ?」

納得しかけて、嵐はふと気がついた。
そもそも片瀬初代がこの場に居れば、話はもっと単純だっただろう。

「片瀬の『氏神の社』から、3柱の氏神を天来の社に移す儀式の準備に入っていてな――今、此処に姿を現すことができないのだ」

「成程、交換条件ってワケか。
――つまり、天来に氏神を分社する交換条件として選ばれたのが俺――ってことでイイのかな?
……って、俺って神様三人分?! マジでー?!」

女性の前だとつい見得を張ってしまう嵐だが、さすがにそれは過大評価では無いのかと目を見張る。

「ああ、2柱はどちらかというと、君と炎が幸せな生涯を過ごせたことへのご恩返しのようなものだ。
――まぁ、私も正直……奉納点3万点台の氏神と、君とで釣り合いが取れるのかは少々疑問ではあるがな」

「能力で言うなら間違いなく、炎ちゃんとか遥の方でしょ? 何で俺?」

「『かの神を殴る役割は自分がやる』と君が言っていたのを聞かれてしまってな――それを、片瀬の家で叶えて欲しいと。透の魂を持つ――君に」

「――成程ね……そりゃ、確かに過酷な道程ですコト」

道理で止めようとするわけだ――と、嵐は水月初代に困ったような笑みを返した。

「初代様、もしかして結構過保護だったりする? ――ってか、信用がないなあ、俺。
嵐ちゃんってば、『やるときはやっちゃう子』ですよー?」

「馬鹿者。かわいい子らを、死地に放り込むと解っていて胸を痛めずにすむ母がいる訳が無かろう」

「ありがとう初代様。――その言葉だけで、充分な贈り物だよ」

贈る言葉ではなく、きっと初代の本心なのだろう。嵐にはそれが少し、嬉しかった。

「――嵐。君は決して、ひとりでは無いのだぞ。それを決して、忘れるな」

何やらいたたまれなくなった嵐は、口元に手を遣り、ふいと初代から顔をそらす。

「もし叶うなら、黒蓉ちゃんにゆっといてー。『長く待たせることになっちゃって、マジでゴメン』って」

「断る」

取り付く島も無い切り捨てるような態度に驚いて、俯きかけていた顔をあげると、気丈に微笑む水月の始祖と正面から目が合った。

「『やるときはやる』子なのだろう? 君は。
――細君には、自分の口から伝えるのだな。君の旅した、長い――長い物語を。時間は、幾らでもあるのだから」

「ん。っじゃ、行って来ます! あ、そうだ初代様。アレやって、アレ」

水月の始祖に背を向け、新たな世界に旅立ちかけた嵐は、ふと思い立ったように振りかえる。

握った拳を、初代に向けて差し出す。

「見送りの祝福の言葉は――不要か」

嵐の意図を理解した水月初代は、自らも拳を握り、嵐に応えた。

コツン――拳の上に軽く一回。
コツン――拳の下から、軽く一回。
コツン――拳と拳を正面から、軽く合わせる。
掌を開いて上に――ぱあんと、手と手を打ち鳴らす。

透の魂は再び「嵐」として、水月とも宮城とも違った想い出を得ることになったのだった。

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