「――お待ちしておりました」
冷たささえ感じさせる声で、女神が告げると、儀式の間の扉が開いた。
どういう理由なのかは知らないが、今回の交神の儀ではイツ花の奉納舞は無い。
一族側の、交神の儀に臨む者――嵐を迎え入れると、扉は固く閉ざされた。
儀式の間にいる嵐と、かの女神は一体どんな表情で会話を交わしているのだろうか。
交神の儀での出来事は、基本的に本人同士にしかわからない。それを尋ねるのは野暮というものだろう。
祈りが終わり、扉から出てきた嵐に、別段変わったところは見られなかった。
「うーん。何つーか複雑。……てかさー、ユキ君マサ君、本当にコレで良かったの? 昼子様ってさ、二人のお母さんなんでしょ一応」
「嵐、オレ達をいくつだと思ってるんだ? 母恋しって年齢でも無いだろ」
「あーそっか! 嵐くんのお子が来たら、その子って僕たちの弟か妹ってことになるんだよねー。男の子? 女の子?」
「未来を写す姿見で見たカンジの顔立ちだと……あれは多分、男の子だなー。はは、俺やっぱ、女の子と縁薄いのなー」
「そうなんだ。でも男の子でも女の子でも、嵐くんに似てると良いよね」
「いや俺に似るより昼子様に似てくんなきゃ、強い子になんないっしょ」
「ううん。嵐くんは強いよ。能力がどうこうじゃなくて、心――とも違うんだけど……ごめんね、何だかうまく言い表せないよ」
溜息をつく嵐とは逆に秋征は妙に嬉しそうだった。
兄弟のような存在である嵐を迎えただけでなく、その嵐との間に、血の繋がった本当の弟が生まれるというのが嬉しいのだろうか。
(――参ったな。私には、秋征が何を考えているのか、本当に解らん)
――奥義を継がなくて良いなら、僕、交神なんて絶対に行かない!
高い素質を見た初代の判断により、双子としては例外的に秋征にも子を残させようということになり――では結魂相手か交神相手を――片瀬の男子としては例外として、本人に相手を選ばせようと姿絵の一覧を持って行ったところ、秋征は姿絵や釣書をぶちまけるように投げ捨て、秋幸にしがみついていた。
それが、つい2ヶ月程前の出来事だというのに。
やはり、嵐を養子に迎えたことで――閉じた双子の心は少しずつ、他に向かって開かれているのだろうか。
(春駒殿の与えた『傷』も、呪いと共に解けてくれれば良いのだがな――)
来月はいよいよ、一族の悲願だった「朱点童子打倒」を果たすことになる。
八ツ髪と朱点は手強い。
かの鬼は、雷獅子の術を得意としているようだ。
攻撃面での若干の不利は否めないが、水と風の数値の伸び方を見るに、おそらく嵐は朱点の術には耐えられる筈だ。
術よりも、奥義などの物理攻撃を重視している片瀬家では、どうしても水や風の素質を伸ばすのはおろそかになる。
おそらく、初代が縁組の相手として嵐を選んだのも、朱点の打倒前に交神を命じたのも、片瀬に足りない力を求めるという意味合いも強いのだろう。
(――朱点を倒した『その先』が、あるということだろうな)
朱点を倒し、全てが終わるのであれば嵐を交神に行かせる必要は無い。
口数は決して多くは無いが、嘘やかけひきが苦手な片瀬初代の人柄から察するに、朱点を倒したあとに何が起こるのか――具体的に知らされてはいないのだろう。
そして、初代は何故か――森香と、果林のところにも、縁談話を持ち込んだのだった。
(薙刀の奥義を受継ぐ果林は兎も角、何故私なのだ?)
「当主様、まーたそんな難しい顔しちゃって。前にも言ったでしょ。美人が、台無し」
そそくさと祈りの間から退席した双子と対照的に、場に残っていた嵐が森香に声をかけた。
「いや――何故私なのだ? と、思ってな」
「縁談ですか。そんなのお相手に訊くしかないっしょ。選んだ理由なんてお相手のおウチの人にしかわかんないんだし」
「そういえば、君は結魂したことがあるのだったな?」
「正確に言えば、分身として宮城家に渡った俺ですけどね。残念ながら、俺自身の記憶じゃないのと……片瀬の玄関くぐったときに、色々欠けてる部分があるらしくて。よくは憶えてないから、あんまり参考にならないですよ」
「そうか――」
「うーん。でも……そうだなー。子供って、良いもんですよ。玲様がお嫌でなければ、受けたら良いんじゃないですか? 何人居ても、いとおしいって思えるもんだし、俺らが呪い解いたら。――その子は多分、家や血筋に縛られることもなくなる」
「君は――」
「なんてね。ヤだなー、コレじゃ俺……すんごい子持ちってか、子沢山? 親ばか父さんみたいな発言じゃん? 今の、忘れてください」
ほんの一瞬、真顔になった嵐の表情を見て――森香は初代の不可解な言動の意味や、嵐の抱える運命をほんの少し理解できそうな気がしていたのだが。
当の嵐本人の茶化しによって、まとまりかけていた考えは霧のようにかき消されてしまった。
「ま、耶馬くんや、ユキ君マサ君が一緒だから。必ず、朱点を討ち取って帰って来ますよ。――だから玲様。あなたもどうか、幸せになってください。一人の女性として」
「全く……君は、本当に『風』の性質そのままのような男なのだな。止まりかけていた片瀬の家に、新たな流れを吹き込んでくれた」
血筋を請われても、当主である森香は、結魂を受けることが出来ない。
ならばと、宮城の当主が提案した策は『森香に子を授かるように結魂を執り行い、授かった子を養子として宮城に送り出し、宮城家で当主となった凌紅の養子として迎え入れる』というものだった。
時期を見計らい養子縁組を執り行えば、森香との間に授かった子が当主の子として宮城の家で受継いだ血を絶やすことなく家系を繋ぐことが出来る。
家と血筋を縛る制限の穴を巧みについた、ある意味裏技とも呼べる方法だが、そこまで自分を想ってくれる者がいるという事実は、正直森香も嬉しかった。
「私も覚悟を決めた。宮城家との縁談、受けよう。そして、朱点との因縁に、決着をつけよう。――新たに授かる、子らのために」