在りし日の面影 壱

人気(ひとけ)の無い、都を一望できる小高い丘に、甲高い子供の声が響いた。

ぎゃぁぎゃぁと耳障りな、鳥の群れらしきものの声も聞こえる。
「・・・あっちへ、行けってばッ!」

日の光を受けてきらめく髪を高く結い上げた子供は、足元にあった小石を投げつけた。

黒い羽根が何枚か宙を舞った。

しかし少年の思惑とは逆に、鴉は逃げるどころかどんどん集まってくる。
「やだッ、・・・なんで?! さっきより増えてる・・・!」

冬が訪れようとしている丘にあるのは、葉を落としてしまった木と干草のようになった草原。

鴉に追われる子供が身を隠せるような場所はなかった。

追い払うことも隠れることも出来ないとあっては、子供にできることといったらただひたすら逃げることしかなかった。
「あ・・・!」

枯れ枝に足をとられて、転んだ子供に黒い羽根が降り注ぐ。
「うわぁあああ! ぼくは美味しくない、来るなってばー!」

両手で頭を庇いながら少年が叫ぶとのほぼ同時に、突風が吹き抜けた。

鴉の群れは散り散りになる。

何が起こったのかわからず呆然と座り込んでいる少年に、頭上から声をかける人影があった。
「五月蝿いぞ、ガキ」

声のした方へと少年が顔を向けると、樹の上から見おろす漆黒の瞳の青年と目が合った。

見覚えのない人物に、少年は思わず身構えていた。

都ならあたりまえの黒髪も、人里を離れてひっそり暮らす少年には珍しいものとして映った。

青年は欠伸をしながら、顔だけ下に向けて話しかけた。
「せっかく、人が気持ちよく寝ていたものを」

こんなところで? と少年が疑問の表情で見上げると、ふん、と目付きの悪い青年は顔をそむけた。
「だいたい、鴉に向かって石を投げるヤツがあるか」
「だってあれは・・・! 何もしてないのに、追いかけてくるから」

思いきり機嫌の悪そうな顔をする青年に、自分は絶対悪くないと、少年は断固抗議する。

体の向きを少年の方に向けると樹の上の青年は口元をゆがめた。

鋭い目付きに気圧され思わず少年が後ずさると、青年は身軽に樹から飛び降りた。
「それは、おまえの頭が光るからだろう。あいつらは、きらきらと光るものが好きなんだ」

少年の蒼い瞳に、くくっと笑う青年の姿が映る。

髪のことを言われて慌てて手をやり・・・大事なことを思い出した。

―――都の人に、この、髪と瞳の色のことを知られてはいけないよ―――

それは、家と血筋を守るため、「初代当主」が決めた「掟」のひとつなのだと教えられた。

父のように、自らの髪や瞳を黒く見せかける術を持たない少年は、都に降りたことはまだなかった。

だがこんな人里離れたところに、まさか都人がいようとは。

高千穂家の周辺には人払いの結界が張ってあるため、よほどのことが無い限り都人が訪れることも無い、と油断しきっていた。
「あ、あのっ!」
「心配せずとも、鴉に追いかけられていたことは黙っておいてやる」

遠ざかる背中に向かって少年が慌てて呼びかけると、黒髪の青年は振り返って意味ありげな笑みを浮かべた。
「次からは・・・まぁ、上手くやることだな。石を投げるのではなく」

青年は目を伏せて口元をかすかに動かしていた。

何を言っているのか少年には聞きとれなかったが、再び目を開いた青年は今度は聞こえるように呼びかけた。
「こんなふうに、な!」

青年が片手で虚空に印を切ると、先程と同じような突風が起きた。
(えっ・・・・? じゃぁさっきのは、この人が助けてくれた・・・・?)

突風にあおられ、少年の髪と、あちこちに落ちていた枯葉が舞う。

風が収まって目を開けると、青年の姿は目の前には無かった。
「俺様はぼちぼち仕事に戻る」

ふたたび、上から降ってくる声に少年は顔をあげた。

よほど樹の上が好きなのか、青年はまた先ほどの枝の上に立っていた。
「あっ、待って!」
「なんだ、迷ったとでもいうのか? お帰りは、あちらだ」

浮かべる表情は相変わらずの仏頂面のまま親切に道を教える青年に対して、少年は少し不満そうにちがう、と首を振った。
「・・・たすけてくれて、ありがとう。あの、あなたのお名前は?」

いくら「掟」があるといっても、助けてもらっておいて礼の一言も無しと言う訳にはいかない、と少年は思った。

名前を聞いておけば、いつか都に降りたときに恩返しができるかもしれない、と子供心に考えた。

だが、返ってきたのは予想もしなかった冷ややかな一言だった。
「名乗れぬ輩に、名乗る名など持ち合わせてはおらん」

このとき少しばかり、少年は一族の掟に対して不満を感じた。

ではな、と背を向けた青年は、今度は少年を振り返ってはくれなかった。

俯いたままの少年が顔をあげたとき目に入ってきたのは、すっかり葉を落としてしまった木の枝だけだった。

家に帰った少年を、父が少しだけ緊張した面持ちで迎えた。
「当主様が、お帰りになられた。」

高千穂家の当主は、屋敷に身を置くのは月の半分にも満たなかった。

討伐はもちろん、副業や情報収集のために都に降りることも多いため、屋敷に居ないことの方が多い。

ふだん気を抜いている訳ではなくても、やはり主が居るのと居ないのとでは屋敷の中の雰囲気が違う。

ようやく目通りを済ませられる、と少年の父は緊張しつつも当主の間へと子供と共に足を運ぶ。
「―――清澄か。入れ」
(えっ・・・? この、声・・・)

用件を告げるよりも先に、当主は少年の父に声をかけた。

閉じられたままの襖の向こうから聞こえた、当主の声。

少年の父よりわずかに低いが、若さを感じさせる張りのある男性の声だった。

高千穂家はじまって以来、当主の間として決められているその部屋は、
許しなく出入りすることはおろか、襖を開くことも出来ない。

一族の家系図や幻灯もすべてこの中に収められているので、少年はまだ当主がどんな人物であるのか、
名前どころか顔すら知らなかった。

会ったこともないはずの、当主の声。それなのに、どこかで確かに聞いた覚えがあると少年は思った。

→第2話へ

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