姿絵

「姿絵、ですか?」
「はい。『異国の絵師にお願いするから、見栄えの良いお方をバーンとぉ! 攫ってきてネッ☆』と、昼子様からのお言いつけです」
「それなら、日柳さんか藍晶の方が適任なのでは?」

先代当主へ届いた文への代返の手を止めて振り返ると、氷雨は少し不思議そうに首を傾げる。

「日柳様は、『バーンとォ! 嫌どす』と、お断りになりましたよ。藍晶様は『よく似た顔立ちを沢山見て有難みが無いから却下』だそうです」
「私は藍晶に似た顔立ちの方にお会いしたことはありませんが……そうか、藍晶か」

まだまだ山積みになっている文の山と、イツ花の顔をちらちらと交互に見遣りながら思案していた氷雨は、何か思いついたのか筆を置き、イツ花の方へと向き直った。

「イツ花さん。藍晶を呼んで来てくれませんか」

「はいはーい。んで、御用って何ですか? 当主サマ」

イツ花と入れ替わりに、両手で大きな包みを抱えた藍晶が現れる。
立ったまま襖を開けるのは、他に誰もいないので目を瞑ることにするとしても。

「『はい』は一回。それと、足で襖を開けるんじゃない」
「あーゴメンゴメン。俺、他所ではしないから。これ繊細だから、畳に置くと散っちゃうんだよ」

藍晶が抱えた大きな包みは、どうやら花だったらしい。まだ日は高いが、出かける予定でもあったのだろうか。

「そう。……参ったな。俺も用事ができたから、御文の代返を藍晶にお願いしようと思ってたんだけど」

藍晶が出かけるなら、代返は帰ってから自分でするか……と氷雨が文箱に目をやると、藍晶の口角が少し上がる。

「用事ってアレでしょ。『異国の絵師さんに頼まれた姿絵に適任の人物』ってヤツ」
「あれ? イツ花さん、藍晶には声かけてないって言ってたけど」
「さっきナギ君が断るところ見てたんだよね。いやー、あの『嫌どす』って笑顔、そのまんま絵師さんが姿絵に出来そうな位、見事なモンだったなー」

言いながら、藍晶は手にした大きな花束を氷雨に手渡す。
淡い薄紅の花びらに彩られた枝と、幾重にも重なった少し色合いの違う桃色の切花。僅かに違う色合いの花も混じっているようだが、基本的に全体の色合いは白に近く、淡い。
かすかに香りがするところから察するに、どうやら生花のようだ。

(これは確かに、畳に置くのは可哀想だな)

「代返、やっといたら良いんだろ? それ持って絵師さんのトコ、行って来たら」
「ああ、これは絵師さん宛なんだね」

花の香りにつられて、自分でも気付かないうちに顔が綻んでいたらしい。
氷雨につられたのか、藍晶も微笑む。だけど一瞬、藍晶の表情に翳りがさしたように見えたのは気のせいだろうか。幼い頃の、無邪気な笑顔とは少しだけ雰囲気の違う笑顔。
しかし、藍晶はすぐにまた機嫌の良い、明るい表情に戻って言った。

「ま、美人に描いて貰えると良いよね。ってかさー。代返のご褒美、お願いしても良い?」
「ご褒美ね……言うと思った。藍晶がその顔するときって、大抵何か『おねだり』をするときなんだよね」
「あ、バレた?」

『美人』は女性に対する褒め言葉だと何度言えば解るのかと、氷雨は心の中でそっと溜息をつく。
言っても無駄だと解っているので、もはや小言は言わないが。
小さい頃に比べれば、こうして藍晶がおねだりをすることもかなり頻度が減ったので、兄としては多少寂しいような、成長が喜ばしいような、複雑な心境ではある。

「どこか、お店が開いているうちに終わればね。――紅月さんの羊羹は藍晶は食べないから、酒蔵にでも寄ってこようか?」
「違うって! あ、いやお酒は正直嬉しいンだけどさ。そんなんじゃなくて」

藍晶がす――と、氷雨の髪に手を伸ばす。

「絵師さんの姿絵、俺にも見せて」
「良いけど。……そんな事で良いの?」
「うん。だってさ、前に歌麿呂さんのとこで描いてた姿絵と違って、一般流通に乗らないんでしょ。貴重じゃん。つかむしろ唯一品?」

ははっと笑うと、藍晶は文机に向かった。
いってらっしゃいという藍晶の声を背に、花を抱えた氷雨は玄関へと向かう。

武者絵と違い、着替える必要は無いと言われ、氷雨は画廊を訪れた着物のままで姿絵のモデルをつとめることになった。
仕上がった姿絵(本来、姿絵は太夫の姿を描いたものをそう呼ぶのだが、戦装束では無いから姿絵と呼んでも差し支えないらしい)を見せて貰い、少々驚く。

(以前、描いてくれた絵師さんとは雰囲気が違うな――もっともあのときは魔槍の方だから雰囲気が違って見えているのかもしれないな)

淡い色彩が繊細で――絵心など全く無い自分にも『美麗』だという印象がある。
自分は、他人の目からはこんなふうに見えているのだろうか。

天界からのお達しと聞いていたから、てっきりイツ花が天界へ持っていくものだと思っていたが、仕上がった姿絵は「差し上げます」と手渡された。

行きの花束と、姿絵の入った包みが入れ替わった形で、氷雨は家路を急ぐ。
日は傾きかけていたが、これぐらいの時間帯なら、酒蔵に寄っても問題は無いだろう。

(――姿絵の良し悪しは、俺には解らないけど。この姿絵に込められた、絵師さんの暖かなお心遣いはわかる。藍晶も気に入ってくれると良いな)

2013-04-10 00:05:34 初出

同じ話を藍晶の視点から描いたお話は此方→姿絵:Side藍晶 ※がっつり心理描写が入るので、BLパスを入力しないと読めません。

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