高羽家青嵐記・壱

――目覚めなさい。

女神の声に呼ばれ、目を開くと、俺の目の前には四人の女――いや、此処が天界であることからして、おそらくは四柱の女神。
朱点の呪いにより、俺には常人の何十倍もの速さで成長する「短命」と、神の血を持つ者との間にしか子を成す事ができない「種絶」が科せられたことを知らされた。

(ソレ、おかしく無いか? あの赤鬼が言うてたんは『父ちゃんと母ちゃんの分まで長生きするんだゼ』――寿命のことしか、言うてへんやろ)

短命の呪いが有る以上、放っておくだけで俺はすぐに死ぬ。
つまり、大江山の赤鬼にとって、脅威でもなんでもない。

それなのに――強大な神の力を血脈に取り入れる――つまり手間隙掛けて強敵をつくるようなことをする必要が、どこにある?
女神の声はさらに告げる――目の前の四柱の中から、最初の子の――母となる者を選べと。

「断る」

斬って捨てるような言葉に、女神達は揃って困惑の表情を浮かべた。

「何でわざわざ、呪われた者を増やす必要があんねん。そんな厄介な呪い貰うのなんざ、僕ひとりでエエやろが」

四柱の女神の後ろに立つ、光輝そのもののような眩い存在から目を逸らさず、俺はさらに言葉を続ける。

「子を為せっちゅーことは、その子にも呪いを引き継がす、っちゅーこととちゃうんかい」
「皆、下がりなさい」

一段高い所から眩い光輝の女神が命じると、四柱の女神も、周りにいた天仙も全て退出した。

「あんたが――太照天」

光輝は白妙の衣を纏い、髪に花飾りをあしらった、冷徹な表情を浮かべる女性の姿になった。年の頃は、二十二、三ぐらいだろうか。
俺の本当の母だという、お輪にどこか面影が似ている。そして――琥珀の瞳。

(――間違いない。俺はこの女――いや、この気配……威圧感に会うた事がある。昨日今日の話やない……もっと前や)

「たった二年。そのわずかな時間で、ご自分ひとりのみで朱点を倒せると、本気でお思いか」
「やってみせる」
「人は儚く、脆い。不測の事態で貴方が命を落とせば、全てが泡沫と消えるのですよ」
「つまり、俺に子を為せっちゅーんは、そっちの都合ってことやろ。保険のためにな」

何故天界は、俺にだけ手を差し伸べた。
大江山で命を落とした武士など、それこそ掃いて捨てるほど居るというのに。

先刻『希望はあなたの血の中に』と女神は言った。
そして、女神の顔を見て、疑念は確信に変わる。
血は、母から伝えられるもの。そしてどこかお輪に面影の似た女神、太照天昼子。――鍵を握っているのは『お輪』だ。
おそらく、お輪の血を受け継ぐものでなければ――朱点童子を倒すことは適わないのだ。

「――神と人が交わると、稀に両親を越える力を持った御子が生まれる。それが、朱点童子」

先に沈黙を破ったのは女神だった。

「今、私からお教えできるのは、これだけ。朱点童子を倒せるのは、朱点童子のみなのです――だから貴方には、子を為して貰わねばならない。女神との間に、子を」

そう言いながら、女神――太照天昼子は自らの衣に手をかけた。

「そこまでや。――まったく……体の張りどころを知っとる女は、厄介やの」

衣を脱ごうとした手を止めさせる為に、掴んだ手首を離す。

「では、あの四柱の中から、最初の子の母となる者を選んで頂けますね」
「――飛天ノ舞子」

家に送ると言っていた武具の中に、風の加護を受けた薙刀があった。
生き残る為に、少しでも有利に働く相手を。ただ、それだけのこと。

「おめでとう。かわいい女の子ですよ。この子に、名を」

時間の流れが曖昧な中、授かった子は女の子だった。
ぱっちりとした瞳は、殆ど常人の黒と変わらないほどの――深い藍色。

(――俺に似ぃひんで、ホンマに良かった)
「名は、『忍』。しのぶちゃんや。そう呼んだって」

赤子に武器は持たせられない。巻物や指南書も読ませることは出来ない。
だから俺は、子が赤子から幼子になるまでのわずかな間に、鬼を狩るために戦う力を身につける必要があった。
そして娘――忍は、天仙に育てられることになった。

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