高羽家青嵐記・弐

地上に降りて、俺は近所に住む剣術師範に戦い方を教えてもらうことになった。

どういう素性かは知らないが、師範は街の人とほんの少し雰囲気の違う人で――夕暮れの海のような蒼い瞳を持っていた。
異人の商人に時折見る、金の巻き毛に青い瞳ではなく、黒髪に青い瞳の組み合わせは珍しい。一度、気になって聞いたことがあるが、返答は「異国の出身だから」とだけ言われた。(ああ、聞かれたくないねんな)と思った俺は、師にそれ以上尋ねることはしていない。
師は、俺が小さい頃から通っていた寺子屋にも度々出入りしていて、例の喧嘩の時にも俺を庇ってくれた。

俺は、親父や天界の連中だけでなく――おそらく、とても沢山の人に助けられて「生かされて」いる。
本来思い描いていた方法とは大幅に違ってしまったが、荒れた都を建てなおす力になれるのなら、『鬼狩り稼業も悪くないかもしれない』と思えるようになった。

 

そうしてしばらくたった頃。
天界から遣わされた、下働きの娘――イツ花に連れられて、俺の胸の辺りぐらいまでの背丈に成長した、忍が家にやってきた。

「はじめまして、透様! 今日から、身の回りのお世話をさせて頂くイツ花です! よろしくお願いしまーす! とりあえず、風邪を引かないだけが取り柄の私ですから、何でもバーンとォ! お言いつけください。でもってェ、一日でも早く朱点童子を倒せるよう一緒に頑張りましょうネ!!」

(な――昼子?! 何で、此処に?!)
口も利けないぐらい驚いている俺を尻目に、イツ花は一気に挨拶の口上をまくし立てる。

「何が『はじめまして』や! ふざけとんのかお前」

口上が終わり、ようやく口を挟めるようになったが、反射的に口をついた言葉はつい喧嘩腰になってしまう。
忘れもしない琥珀の瞳を真正面から見据え、俺は忍の存在を忘れてイツ花を睨みつけていた。

「ごめ、なさ……」
「違う、自分に言うてるわけや無い」

イツ花の袖を握り緊めながら、見上げる藍色の瞳に気がついて、俺は慌てて声をかけるが遅かった。
忍の両目には、涙が浮かんでいる。

「怒らないで、父様」
「お父ちゃん言うな」
「ごめんなさい」

反射的に言った俺の顔を見て、忍はぼろぼろと大粒の涙をこぼす。
耐え切れなくなってしゃくりあげる少女は、床に視線を落としたままだ。

(ああ、この子も。――俺のこの瞳が怖いんか)

 

寺子屋に通っていた頃から、極稀に女子と目が合うと決まって目を逸らされていた。
眼鏡をかけるようになってから、多少マシになっていたが――自分しか居ない家の中だったので、油断していて今日は眼鏡をかけていなかった。

少しかがんで視線の高さを揃え、懐から眼鏡を取り出してかけてから、俺は忍に声をかけた。外回り用に何度か練習した、笑顔を作れていると良いが。

「すまんかったの。これで、もう怖いことないやろ? 泣いたら別嬪さんが台無しやで」
「……」

驚いたように、無言で見返す忍は、ようやくイツ花の袖を離した。

「忍様も落ち着かれたことですし。いざ、出陣!! の前にィ、パパパパぐらいで構いませんから、色んな情報をお確かめくださいネ」

言うだけ言って、イツ花は「じゃあ、荷解きしてきまーす!」とさっさと蔵に引っ込んでしまった。

(あの顔立ちは、どうみても昼子にそっくりやねんけど。……昼子から感じるあの威圧感が無いし、年齢もちょっと下みたいやし。別人なんか?)

「あの、当主様」

恐る恐る、見上げながら話しかけてくる忍の頭に、俺はぽんと手を置く。
笑いたいわけではなかったが、思わず苦笑がもれてしまう。

「透でエエよ。ふたりしか居らんのに、そないな呼び方されたら堅ッ苦しゅーて適わんわ」
「はい」

イツ花がそそくさと蔵の方へ行ってしまったので、部屋に忍を連れて行くのは俺の役目になった。
さっそく鬼退治に行くとなれば、身支度をしなければならないのだが、女子の着替えやら何やらを、俺の手ですることは出来ない。
ひとまず部屋に忍を待たせて、俺はイツ花を呼びに蔵へ行くことにした。

「――イツ花ちゃん」
「何でしょう? 透様」

ハタキを片手に、イツ花が振り返る。

「忍ちゃんの身支度、手伝うたってや。荷解きや、討伐に持って行くモンの準備は俺がやっとくから」
「はーい! ンじゃ、お支度が出来ましたら、今度こそ、本物の出陣の号令をお掛けくださいネ」
「なァ、アンタと昼子は――」
「イツ花の髪型や声色は昼子様のマネっこなんです! ここまで似せるの、苦労してるんですよォ?」

エヘヘと笑う少女からは、女神から感じたのと同じ威圧感はやはり、感じられない。
憧れて真似ているとイツ花が言うのは、おそらく本当なのだろう。

支度を整え、玄関に並んで立つ俺と忍に、初めての出陣に際する忠告をイツ花がしてくれた。
イツ花の「当主様、ご出陣!」の声を背に、出発しかけて、俺は大事なことに気がついた。

「悪い、イツ花ちゃん、これ預かっといて」
「え? 透様、眼鏡がなくて、お差支え無いのですか?」

自分自身、目が悪く、視界を矯正する為に眼鏡をかけているイツ花には、他の目的が想像できなかったのだろう。
驚いた表情で、俺の顔を見るイツ花の眼鏡を取り、代わりに俺が先ほどまでかけていた眼鏡をかけてやり――玄関先に置いてある鏡を差し出す。

「見てみ」
「ああッ!」

鏡の中のイツ花の瞳は、琥珀から灰に近い墨色に染め替えられていた。

「度は入ってへんから、イツ花ちゃんには向かへんと思うけどな。目の色隠したければ貸したるわ」

ははっと笑って、頭をぽんぽんとはたき、「ほな行ってくるわ」と告げると、自分の眼鏡にかけかえたイツ花は、何やら複雑な表情で俺を見ていた。

「透様は、眼鏡をお使いにならない方が、良いかと……」
「そうか? まあ、討伐の時は割れたらアカンから、言われんでも置いていくけどな」
「あの、透……ちゃん」

当主様とも、父とも呼ぶなと言ったため、どう呼べば良いのか困惑している忍は、俺を呼ぶのに若干ためらいがあった。

「忍ちゃんは、怖かったら後ろに下がっとき」
「……うん」

素顔を見せると、目を逸らされる。反応から察するに、俺はやはり忍に怖がられているのだ。
血の絆があるから無条件に好かれる――なんて、期待していたわけではない……けれど。

(慣れとるいうても――嫌われるのは、あんまエエ気分や無いな)

 

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