高羽家青嵐記 番外・始祖の娘 1

「忍様! もう、お探ししたんですよ!」

髪に花飾りをあしらった、土色の髪に琥珀の目をした少女が、頬を膨らませて駆けてきた。

「イツ花」
「透様も、討伐に出られるだけの基礎は身につけられたようですし。忍様は、明日……イツ花と一緒に、地上に降りるんです」
「地上……?」

身の回りの世話をしてくれる、仙女がたまに話して聞かせてくれた、「人の世界」のことだろうか。
ずっと明るくて、暖かいここ――天界と違って、陽の光が射さない時間(夜というのだそうだ)がある世界。
天仙や神は『地上』に降りることは出来ない。
だから、母との別れがいずれやってくるのだとも聞かされていた。
ふわふわの羽飾りのついた袖に捉まり、雲の合間から母が見せてくれた『地上』は、何かとても怖ろしい所に見えた。

手を伸ばせば果物の成る木があちこちにあり、小川のほとりに建てられた四阿には焼き菓子が用意された――綺麗なここと違って、荒れ果てて今にも崩れそうな建物が並んでいる世界。

「いや……怖い」
「大丈夫。イツ花が、そばに居りますから」

母は何度も、わたしに頬を寄せては「ごめんね」を繰り返し言っていた。
本当はずっと、ここに居させてあげたいと。
あんな恐ろしい世界に、わたしをやりたくは無いのだと。
地上に降りたら、もう母に会うことは出来ない。

「イツ花。お母様は?」
「舞子様は、お越しになることは出来ません。代わりにこれを、預かっております」

イツ花が差し出したのは、母の瞳の色によく似た、よく晴れた空を思わせる青い宝玉だった。

「地上は、怖いところなんかじゃありませんよ? そりゃあ、今は朱点のおかげで荒れ放題ですけどォ、イツ花や、忍様のお父様である、透様が育った世界です。本当はとてもとても、暖かくて素晴らしいところなんですから!」
「お父様……?」
「はい。運命の一族の『始祖』。朱点の手から、地上と天界の両方を救うために立ち上がった、すっごいお方なんですよ!」

神々の間に、子供はいない。
わたしの存在が珍しいのか、どの女神も女仙も、顔を会わせると抱き上げてくれたり、髪を梳いてくれたり、果物やお菓子をくれた。
でも、母――飛天ノ舞子を除いては、誰も……わたしの父であるという、『高羽透』のことを語ろうとはしなかった。

――貴女のお父さんはね、優しい人だよ。とても。
――小さかったから、覚えて無くても……仕方が無いよね。

母も、多くを語ろうとはしなかったが、一度だけ。
遠い地上を見ながら、そう言ったことをぼんやりと覚えている。

そうしてわたしは、女神に見送られて、地上に降りた。

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