初陣のとき、怖くて目を閉じるといつも、透の背中が目の前にあった。
彼はこちらを振り返ることはしなかったけれど、たまに癒しの術をかけてくれたり、顔は鬼達の大将の方に向けたまま、無言で傷薬を放って寄越したりした。
そうして戦って戦って――時が過ぎた。
最初は見上げていた、透の肩が、今ではほんの少し下に見えるようになった気がする。
相変わらず、彼はわたしの方を振り返ることはしないので、討伐の最中にどんな表情をしているのか――後列に立つわたしからは見ることが出来ない。
もうすこし、迷宮の奥へ。
わたしの武器――薙刀は、前列に進み出た方がより多くの鬼を狩ることが出来る。
だからわたしは、前列に進み出ると進言した。
三度、首切り大将の率いる編隊を倒した後。
「――っ、忍ちゃん!!」
不意を突かれ、背後から奇襲を受けたわたしたちは、燃え髪大将の率いる群れに囲まれていた。
次々と斬撃をくらい、血が流れる。
(――ああ、寒い)
立っているのがやっとで、祖母の形見だという風の守護を受けた薙刀を杖代わりに、体を支える。
こちらに連続して投げつけられる火の玉――花連火の術だ――が視界に入ったとき、もうだめだと思った。
一瞬、白くたなびく布が血に染まるのが視界の端に見えた。
そのあとのことは、正直よく覚えていない。
気がついたら、わたしは寝かされていて……半分しかない視界から家の天井が見えた。
「気ィついたんか」
あちこち包帯を巻かれて、片腕を吊った状態の透がわたしを見下ろしていた。
眼鏡の所為で、彼の瞳は今は焦茶に見える。
「ごめんなさい……わたし」
「謝んな!」
声を荒げる透に、どう接していいのかわからなくて、わたしはそっと手を伸ばす。
わたしの手にも、あちこち包帯が巻かれていた。
イツ花が手当てしてくれたのだろうか。
振り払われると思っていたわたしの手は、意外にも、透の頬に触れることができた。
「医者が言うには、痕は残らんらしい。……今月は、俺がひとりで討伐行くから。忍ちゃんはしっかり休んで、怪我を治しな」
それだけ言うと、透は部屋から出て行った。