高羽家青嵐記 番外・始祖の娘 4

何日か経って、起き上がれるようになったわたしは、透の姿を探した。

「透様なら、討伐に行かれましたよ」

言って、イツ花 は玄関先に置かれた透の眼鏡を指差した。
これがここにあるという事は、本当にひとりで討伐に行ったらしい。

「あの、よろしければ イツ花が街をご案内しましょうか? 『忍ちゃんには、起き上がれるようになっても無茶はしたらアカン。ゆっくり街でも見て回れって言うといて』――だ、そうですのでェ」

そういえば、地上に来てからなんとなく幻灯を撮ったことを覚えてはいるが、しっかりと街を見て回ったことなど無かった。
イツ花の好意に甘えて、あちこち案内してもらっていると、家の近くまで来たときに、一軒の庵から澄んだ音色が聴こえてくる事に気がついた。

「ああ、これは三味線ですねェ。こんな、音曲を嗜む方が戻っていらっしゃるなんて、京の都に平和な日常が戻りつつある証拠です」

それから幾日か過ぎた。家にあった巻物もあらかた読んでしまい、他にすることも無いので、わたしは先日通りがかった三味線の音が聴こえて来た庵の前まで来てしまった。
今日は、あの澄んだ音色が聴こえてこない。
――居ないのだろうか。

「何か、御用?」
「きゃあ?!」
「何よ、失礼ねぇ。てっきり、最初の入門者かと思ったんだけど。違うの?」
「あ、あなたが、あの三味線を……?」
「そうよ」

背後から 声をかけられて振り返ると、昨日の三味線の主が立っていた。
透より、頭ひとつ半分くらい背の高い――声も、顔立ちもどう見ても男性にしか見えない。
驚きのあまり、それだけようやく絞りだしたわたしに、彼はふふっと笑うと「まぁ、そこにおかけなさいな」と縁側を示した。

並んで縁側にかけて、撥の持ち方から教えてもらうことになり、手が触れあったとき――わたしは反射的に先生の手を離してしまった。
透の手とは感触が違う、白くてほっそりした指先。
けれど一回り大きい掌は、間違いなく男性なのだと意識させられた。

「大丈夫、とって食いやしない わよ」

片目を瞑って微笑む先生の顔を見たら、なんだか顔が熱くなった様な気がした。

「……忍ちゃんは箱入りのお嬢さんな のね」
「お、お嬢さんってわけじゃ」
「そんなの、立ち居振る舞いを見ていればわかるわ。きちんと躾けられた所作だもの」

わたしがあまりに緊張しているせいか、撥を手に取るのを止め、先生は譜面をいくつか出してきてくれた。
それから、透が討伐から帰ってくるまでの間、 わたしは先生と色んな話をした。
ただ、わたしたち一族にかけられた呪いについて――特に、『種絶の呪い』については『絶対に他人に言うな』と透に きつく口止めされていたから、家族の話にはほんの少しだけ、嘘を交えて語ることになったのだけれど。

並んで立てば、今のわたしと透はとても、親子には見えない。
わたしの背が、透とほぼ同じ位になってしまったから――と、いうより。良くて精々、兄と妹ぐらいの歳の開きしかない……ように見えるらしい。
先生は、高羽と聞いて思い当たる事があったらしく、
「あら、じゃあ貴女は透ちゃんの妹さんなのかしら?」と言ってきたからだ。

「え、先生……透ちゃんのこと知ってるの?」
「大江山の赤鬼――朱点に挑んで、奇跡を起こしかけたお侍さんの、忘れ形見なんでしょ? ――でも、変ね。アタシが聞いてた奇跡の御子の噂と、透ちゃんの年恰好って合わないんだけど。まぁ……噂は噂、ってことなのかしらね」

だから? それで、透はわたしに『父と呼ぶな』と怒ったのだろうか。
普通とは違う、『高羽のお家事情』が知られることを慮ったのかもしれない。
「そうだ」とも「違う」とも答えず曖昧に笑うことしか出来ないわたしに対して、先生もそれ以上追及しなかった。

「忍ちゃんは、綺麗な声をしているもの。弾き語りなら、三味線よりこっちのほうが良いわよ」

先生が渡してくれた、御影石でできた琵琶を持って――家の玄関へと 向かうと、討伐から帰ってきた透が居た。
ちょうど、わたしと帰りが一緒になったらしい。

咽返るような、血の匂い。
先日の怪我が脳裏をよぎり、思わず一歩踏み出すと、透は片手でわたしを制した。

「触んな」
「だって……血が」
「俺のと違う。鬼 の血ィや」

どうやら透の血ではなく、返り血のようだった。
よく見れば、戦装束のあちこちが破れたり、焼け焦げたりしている。
『触れるな』と言いながら、透は一瞬――痛そうな表情をする。
やはりどこか怪我をしているのかと思い、手当てが必要なのかと手を伸ばすが、透はすっ――と一歩、わたしから遠ざかった。

「――汚れるで。湯、遣うんやったら先に行っとき」
「でも、そんなの討伐から帰ってきた透ちゃんの方が」
「アホ。俺の後なんか、血ィと泥でぐちゃぐちゃンなるから、とても入れたモンやないで」

犬の仔か何かを追い払うよ うな仕草で『行け』と示され、わたしは透の言葉に従い湯浴みを済ませた。

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