(あれ――? 透ちゃんの分、これだけ?)
夕餉の膳を見て、わたしはイツ花が何か手違いをしたのではないかと思った。
初陣の後、イツ花が拵えてくれた料理は、討伐から無事に帰ってきたことを祝う、贅を尽したもてなしの料理だったはずだ。
透は無事に、帰ってきたのに。好物の肴も一切、添えられていない。
好物も口にすることが出来ないほど、弱っているのかと気になって、わたしは思わずイツ花を呼び止めた。
「イツ花、透ちゃんやっぱ、怪我でもしたの?」
「いえ――来月、透様は『交神の儀』に臨まれるのです」
「交神の儀……って」
「以前お話ししましたよね? 高羽家の皆様に課せられた、二つの呪いのことを――」
イツ花が『交神の儀』について説明してくれたが、わたしは何か、 槌で頭を殴られた時のように、まったく考えがまとまらなくなっていた。
(嘘。――どうして? わたしが、役立たずだから?)
神と触れあい、子を成す。
それがどういうことなのか――市井の娘達と、色恋にまつわる話を聞くこともあったわたしには、何となく察しがついてしまっ た。
人ではなく、女神と。
女の姿に似た、けれど女ではない異形のもの。
討伐先で出遭う、鬼と何処が違うというのだ。
イツ花だって言っていたではないか。神と呼ぶか、鬼と呼ぶかの違いなど、人間の勝手な都合に過ぎないと。
異界に棲まう……見目形は麗しい、けれど人ではないモノ――そのおぞましい存在と、透は肌を触れあい、子を成すのだ。
幸せそうに頬を染める娘達が語るような、温かな情など知らないまま……悲しい瞳をしたあの人は、ただ淡々と課せられた宿命に従い――子を成すのだ。
「嫌っ!」
イツ花の用意した膳に箸をつけることなく――わたしは、その晩『気分が優れず、食欲が無い』と嘘をついて自室に下がった。