しばらく経って、わたしを探しに来たのは透ではなく、イツ花だった。
(透ちゃんのアホ! ホンマに追いかけて来いひんなんて、女心まったくわかってへん!! もう、ホンマ知らん!)
イツ花の、『交神の儀』がダメなら他にこんな方法もある……と聞かされた提案に、わたしは頭から氷水をかけられたような気がした。
こんな重大なこと、すぐに返事をすることなんて出来ない。
「透は女心をまったくわかってくれない」と、わたしは勝手に腹を立てていたけれど。
わたしの方も、彼の思いを何一つ知らない――いや、わかろうとしていなかったのではないだろうか。
種絶の呪いに触れなければ、意見を求めてみても良いのではないか――そう思ったわたしは、琵琶を片手に、先生の庵を尋ねた。
「――そう。……きっとその女の子、道場の男の子のことが好きなのね」
「……好き?」
「だって、そうでしょう。その男の子、跡取りを設ける為に、好きでもない女と結婚するんでしょ? 政略結婚なんて、身分のある人なら珍しいことじゃないわ」
まさか自分と透のことであると告げるわけにもいかず、わたしが話した筋書きはこうだった。
『わたしが通っている薙刀の道場で出会った女の子から相談された。その子が出入りしてる道場は、跡取りに恵まれず困っている。大怪我をして跡を継げなくなった、跡取り候補の男の子は、子供を授かる為に好きでもない貴族の姫と結婚しようとしている。女の子の方は、その男の子に好きでもない相手と結婚なんてして欲しくない、いつか本当に大好きな人を見つけて幸せになって欲しいと思っているがどうしたらいいか』というものだった。
「それに、身分の高いお姫様と結婚して、道場が栄えるならその男の子にとっては幸せな人生なんじゃないかと思うわよ? 応援してあげれば良いじゃない」
先生の顔を正面から見ることが出来ず、わたしは思わず、正座した膝の上で自分の手を握り緊めた。
「でも。…… その男の子、すごく淋しそうなんだって。……だから」
「だから、愛のない結婚なんてして欲しくない? ――それは、女の身勝手ってもんじゃないかしら。自分が奥さんになって苦労をともに背負うことも出来ない、でも男にも独身を貫いて欲しいなんて、それじゃお家が潰れちゃうわよ」
はっとして、顔をあげると、優しく微笑む先生の顔があった。
「そうね。男に独身を貫いて欲しいなら、その女の子が跡を継ぐっていうのはどうかしら」
「――え?」
「だって、別にその道場『跡取りは男子に限る』って言われてるわけじゃないんでしょ? そんな条件があるお家で『養子を迎えて跡を継がせる』なんて、聞いたことが無いわ。養子を迎え入れることが出来るってことは、他に『母から受け継がれる正当な血筋がある』ってことだもの」
よくわからない、というわたしに、先生は「貴族社会で母君の身分が重視されるのと同じ理由ね」と説明してくれた。
貴族社会の仕組みについては、よくわからなかったけれど。
『女の子の方が跡を継ぐ』という選択は、わたしにとって一筋の光をもたらした。