高羽家青嵐記 番外・始祖の娘 8

翌日。
イツ花からの提案を聞いたから――と、わたしは透に自分の出した答えを告げた。

「うちが、跡取りを授かる。結魂でも交神でも、何でもする。せやから、透ちゃんが交神に行くんは無しやで」
『何でもする』という言葉にびっくりしたのか、透は一瞬、目を伏せた。
「わかった。けど、忍ちゃんが儀式に行くなら……あと三月、ふたりで頑張らなアカンっちゅーことやな」
「うちに出来る、いっちばんの譲歩やで。こん位のワガママ、花嫁修業やと思って許してや」

どうして、透はこんな辛そうな表情をしているのだろう。
わたしが自分で決めて、言い出したことだというのに。
見ているわたしの方が辛くて、泣き出してしまいたい。けれど、わたしがここで涙を見せれば、透は矢張り『自分が交神に行く』と言い出しそうな気がした。
だからわたしは無理に、笑顔を作る。うまく、涙を殺せていればいいのだけれど。

「しゃーないなァ。ワガママ、きいたるわ」

そういって、透はわたしの頭に手をやり……小さい子にするように、ぽんぽん、とはたいてから軽く撫でた。まるで、出逢ったばかりの、わたしが小さかった頃にしてくれたように。

「もう! 子供扱い、せんといて!」
「すまんの。ほな、忍ちゃんが花嫁修業しとる間に、似合いのエエ男探してきたるから、待っといてや」
「……透ちゃんのアホ」

わたしに似合ういい男なんて、どうでもいい。
やっぱり、透は全然わかっていない。

「はは、子供扱いするな言うから、大人の女な忍ちゃんにピッタリの相手探す言うとんのに。手厳しいのー」

(ああ――また。何で、そんな辛そうな瞳をして笑うの?)

透はたまに、『作り笑顔』を見せることがある。眼鏡の奥に隠れているので解りづらいが、顔は笑っていても、目が全く笑っていないので、見破ろうと気をつけてさえいれば直ぐにわかる。

「うっさいわ! そんなん、自分の相手ぐらい自分で決められるわ。ほなウチ、早よ怪我治せるようにおとなしくしとるから、透ちゃんはさっさと討伐行きや」

「おう。なら、留守番しとる間に、神さんの姿絵やら見合いの釣書やら見て、エエなって思う相手、見繕っとくんやで」

透はイツ花の持ってきたという、神様の姿絵やら釣書の山を指して言った。
出発の前に、これだけは念を押しておかなければ。

「……うちの、花嫁姿にケチつけたら許さへんからな」

透は無茶をして大怪我をするような性分ではない。けれど、万が一ということがある。自分が交神に行くので無ければ無事に帰ってくる必要など無い――と、緊張の糸が切れてしまうかもしれない。
透に何かあっても、わたしが花嫁衣裳を来て笑っていられるなんて思ってもらっては困る。

「あほか。そんなこと、絶対せえへんわ――忍ちゃんやったら」

――鎧や薙刀なんかより、花嫁衣裳の方が似合うエエ女に絶対なる。

(――え……今の、何……?)

空耳……? 戦装束などよりも、花嫁衣裳の方が似合う――なんて。透の性格を考えたら、絶対に言う筈が無い。
眼鏡の奥に見える、焦茶に見えている瞳が、ほんの少し揺らいだような気がしたのは気のせいだろうか。

「……いや。何でもない」
わたしに向かって、伸ばしかけていた手をきゅっと握り締めると、目を伏せ、透は溜息を吐き出すように口元だけで薄く笑った。
そのまま、手を持ち上げて眼鏡を外す。
そこには、何度か見たことのある真紅の瞳があった。

「何なん? 透ちゃんのアホ。……無茶せぇへんと、今月が終わったら、帰って来ィや」

外した眼鏡をわたしが受け取ると、透は玄関に背を向け、 例によってイツ花の気合いの入った掛け声を背に、迷宮へと出発した。
こちらを振り返ることをしないで、手だけひらひらと振って応える。

わたしは、透が用意してくれた紙束の山から神様の姿絵をまとめて、イツ花につき返した。
自分で選んで良いのなら、同じ時を生きることが出来る、異国の青年の方がいい。
たとえ、ずっとそばにいることが叶わなくても。
隣で剣を振るってもらうことが出来なくても。
神様なんかじゃなくて――人であることを選んだ誰かとの間に、子を成す事が出来るならその方がいい。

わたしが選んだ人を、透も好きになってくれたらいいな……と思いながら、わたしは見合いの釣書きを捲っていった。

<了>


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