高羽家青嵐記<幕間>

「こんちはー初代様。ってか、今は俺も『初代』だっけ。はは、何かヘンな感じだなー」

魂の奥津城に再び姿を現した透は、前回女神の元を訪れた時と比べて、漂わせる雰囲気と顔に浮かべる表情――そして何より、特徴的な瞳の色が異なっていた。
瞳の色を隠す為の眼鏡を外した透は、火神の守護の証である、真紅の瞳を持っていた。

しかし、今、彼の瞳は大地の守護を得た者に特徴的な、琥珀色。
その変化が示すのは――情報、すなわち記憶……人格の変化。
今ここにいるのは、透の魂であって透ではない。かつて水月の血族に存在した、同じ面影を宿す魂――嵐。透の過去世。

「可愛い細君を、あまり待たせるものではないだろう? かの神を殴る役割は、私が引き受けても良いのだぞ」

「キャットファイトは勘弁してー! なんつって。……俺の黒蓉ちゃんは、ちゃんと待っててくれっからいーの。
それにさ、『会えない時間に相手を想う』ってのも、イイもんだよ?」

「……本当に、良いんだな。おそらく君は、誰よりつらい思いをすることになるぞ」

「だったら、余計にアンタに任せる訳にはいかないっしょ」

ふう、とため息をつくと、嵐は肩をすくめた。一瞬だけ真顔になるが、すぐに何時もの飄々とした笑みを浮かべて言い直す。

「いや、アンタの性分からして、朱点を巡る因縁に恨みつらみなんて抱かないっしょ?」

「そうだな。……巻き込まれた、数多くの子等の無念を思うと何とか溜飲を下げたいと――思わなくもない。
だが犠牲者を徒に増やすよりは、救える子らを一刻も早く、呪いから解き放ってやりたい」

「ほらね。だからコレは、やっぱ俺がやるべきなんだよ。――それに……もし、ただの他人の空似だったとしても、さ。
俺は……あの女を許すことは出来ない」

生まれ変わることを決め、魂の奥津城から旅立とうとした嵐は――水鏡で次に生まれてくる『始祖の娘』の姿を見てしまった。
自分ではない自分――宮城嵐が、妻にと望んだ女性によく似た面影のある――長い髪を二つに束ねた少女を。

輪廻の中にある全ての魂が通り抜ける『魂の奥津城』から見ていた嵐には、彼女が全く別の魂を持つ、黒蓉とは別の存在であることはわかっていた。
だがそれでも――今後彼女を待ち受ける過酷な運命を思うと、護りたい――傍にいて支えたいと想う気持ちを止められなかった。

始祖と娘では、決して結ばれることはない。
それが解っていても……御室川黒蓉によく似た面影を持つ娘を放っておくことなど、嵐にはどうしても出来なかった。
だから、次なる『運命の一族の始祖』に生まれ変わることを願い出た。

現世の理として、過去世の記憶や人格は余程のことが無い限り、来世で姿を現すことはできない。

滅多に見せない、彼の本気の決意を見て取り、もうひとりの『運命の一族の始祖』も心を決めた。

「わかった。では、水月の始祖として最後の禁術を君に施そう。――我が血脈に宿りて、異なる未来を旅した、嵐の魂の記憶よ。
今ここに、高羽透の魂への回帰を果たせ――」

水月家の始祖が詠唱を終わると同時に、ふわふわと漂っていた蛍火が、半透明になった透に溶け込んだ。

「……あったかいな。本当に、幸せに過ごさせてもらったんだな――異国での俺は」

かつて、水月嵐であった頃に……この『魂の奥津城』で始祖の水鏡を通じて、異国で過ごす自分の姿を垣間見たことが何度もあった。
けれど、ただ「見ている」のと、追体験として実際に自分の経験として知るのとでは、記憶の重みや厚みが全く違う。

「あーあ。常世の記憶は現世に持っては行けない……かぁ。切ないよねえ――でも、さ」

嵐の姿が、だんだん朧になっていく。
現世での透が、眠りから覚めようとしているのだ。

「これでイイんだよな。――あの子は……忍ちゃんは、忍ちゃんなんだから」

魂に刻まれた、誰かを本気で愛した記憶。残っていた、心残りやわだかまりを解くことが出来た記憶。それはきっと、心の奥底で今生での透を支える力になるだろう。

嵐――今は透だが――の魂が現世へと戻り、魂の奥津城には水月の始祖がひとり残された。

「まったく、世話の焼ける。――これでは私も、高羽の物語が幕を閉じるまで、生まれ変わることが出来ないではないか」

生きていた頃は生きていた頃で、地上の一族や街の住民や、果ては天界までもかき回してくれた、その名の通り嵐のような子供だった。
死んだら死んだで、今度は『運命の一族の始祖になる』と言って聞かない。
いっそ氏神にでも祀って神に封じてやろうか――と、思わないでは無かったが、『惚れた女に会えなくなるからそれだけは絶対に嫌だ』と泣きつかれた。

(やれやれ。私は、娘たちだけでなく――息子たちにも、弱いか)

そして幕間の時間は終わり――再び、物語は現世の高羽透により語られる。

→高羽家青嵐記・壱へ

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